テクニカル

マンデル=フレミング・モデルの落とし穴(アーカイブ記事)

インフレで急速な円安が進む中で、高市政権は20兆円を超える補正予算を組もうとしている。これは2022年の「トラス・ショック」のような悲劇をもたらすおそれが強いが、リフレ派エコノミストが「財政赤字を増やせばマンデル=フレミング・モデルで円高になる」と主張して物笑いの種になっている。

日銀の黒田前総裁や浜田宏一氏も「マンデル=フレミング理論によれば、量的緩和で景気がよくなる」と言っていた。これは固定為替相場の時代にできた「どマクロ」理論で、簡単にいうと開放経済でIS-LMモデルを考えるものだ。

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国際資本移動が完全に自由で、実質金利が世界全体でiwに決まっているとすると、変動相場制では、財政支出を増やしてIS曲線を右に動かしてIS1にしても、LM曲線との交点で決まる自国の金利iがiWより高くなるので資本流入が起こり、為替レートが上がって輸出が減る。この変化は実質金利が均衡水準iwに戻るまで続くのでIS曲線は元に戻り、財政政策は無効とされた。

片岡氏はこれを「財政政策で円高が起こる」と誤解しているが、それは実質金利が世界全体で同一という前提の話である。これによると日米金利差が縮小するとドルが下がるはずだが、現実には次の図のように日米金利差とドル円は逆相関になっている。マンデル=フレミングは成り立たないのだ。

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「減価償却費の一括計上」は法人税改革の第一歩

政府の「日本成長戦略会議」で減価償却費の一括計上が議論された。これは自民党総裁選挙で茂木候補があげた公約だが、単なる投資減税ではなく、法人課税の全面的改革の第一歩になる可能性がある。

チャットGPTの解説:減価償却の廃止(一括計上)という提案は、Alan J. Auerbachらが提唱する税制改革の理論的帰結の一つです。以下で体系的に解説します。

法人所得税はゆがみが大きい

現在の法人所得税は会計操作の余地が大きく、日本では企業の60%以上が赤字法人で税を払っていないなど、ゆがみの大きい税として知られています。法人所得は海外移転などで減額できるため、租税回避を促進します。

特にゆがみが大きいのが減価償却です。法人税は投資の時点で支出した資本財(設備など)を減価償却で分割して控除しますが、これは投資のタイミングによって課税の現在価値が変わり、過少投資になります。

また減価償却には裁量の余地が大きいため企業の会計操作に使われやすく、税務当局の裁量も大きいので、租税特別措置のような特定の企業の優遇措置として使われます。

「キャッシュフロー税」で減価償却を廃止する

Auerbachは、これを根本的に修正するためにキャッシュフロー税(CFT)を提唱しました。その基本原理は課税対象をキャッシュフロー(現金の流入-流出)に変えるものです。つまり:

 •投資も現金流出なので即時一括控除。
 •減価償却の概念が不要(廃止)。
 •課税ベースは「営業収入-経費-投資支出」。

AuerbachとDevereuxは、さらにこのCFTを貿易取引に適用して、DBCFT(Destination-Based Cash Flow Tax)を提案しました。これは「どこで生産したか」ではなく「どこで消費されたか」に基づいて課税します。

これによって法人所得税はなくなり、VATのようなキャッシュフロー課税に一元化され、大幅に簡素化されます。政府の裁量や会計操作の余地が少なくなり、法人税の国際的な租税競争を回避できます。

ただし現行の法人所得税のもとで投資を一括償却すると、法人税がゼロになったり、財政赤字が増えたりして大きな問題が起こります。政府の提案は設備投資減税として出ているようですが、税制の整合性という点で疑問があります。

続きは11月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

利他的な集団は利己的な集団に勝つ

人類はどこから来て,どこへ行くのか
本書はアゴラ読書塾のテキストに使っているのだが、私は原著しか読んでいなかった。訳本を読んで気づいたのは、解説で巌佐庸氏(生物学者)が「ウィルソンの血縁淘汰批判は間違いだ」と批判していることだ。これはテクニカルな話だが、進化論にとっては重要な問題である。

血縁淘汰というのは、一般にはドーキンスの「利己的な遺伝子」として知られているが、オリジナルはハミルトンの理論である。これはたとえば蜂の巣を守るために働き蜂が外敵に対して自殺攻撃をするような「利他的」な行動を説明する理論で、ある遺伝子を集団の中で残す利益をB、そのために個体が犠牲になるコストをCとし、遺伝子を共有している確率(血縁度)をrとすると、

 rB>C

となるとき、利他的な行動が進化するという。これは1964年に提唱され、いろいろな生物で実証されて、ほぼ確立した法則と考えられている。ところがその元祖だったウィルソンが、それが当てはまらない例が多いとして、マルチレベル淘汰という理論をとなえている。これは個体レベルの利益Bkとは別に、集団レベルの利益Beを考え、

 rBk+Be>C

となるとき、利他的な行動が進化すると考える。これはBe=0のときは血縁淘汰と同じになるので、ハミルトンの法則の一般化だが、生物学者の批判を呼び、今も論争が続いている。続きを読む

【再掲】ローマーの内生的成長理論

ポール・ローマーが、スウェーデン国立銀行賞を共同受賞した。彼の「内生的成長理論」はソロー以来の成長理論のイノベーションで、1990年代には一世を風靡した。今は使われないが、歴史的には妥当な授賞だろう。成長の要因を「知識の外部性」に求める発想は重要で、「生産性」の意味を考える上で政策的な含意も大きい。続きを読む

【更新】戦争という「チキン・ゲーム」を解決する戦略

朝鮮半島やシリアで、情勢が緊迫してきたので更新。戦争を安全保障のジレンマと考えて、協力から入って裏切りには報復する「しっぺ返し」(Tit-For-Tat)を最適戦略と考える人が多いが、これは誤りだ。くわしい証明は、たとえばBinmore-Samuelsonにあるが、TFTは2人ゲームでは強いが、一般的な多人数ゲームでは、つねに裏切るGRIMのほうが強い。

そもそも安全保障のジレンマでは戦争が唯一の解(支配戦略)なので、平和を説明できない。長谷部恭男氏もこの点について「国際政治は囚人のジレンマではなくチキン・ゲームだ」というが、ここではナッシュ均衡が一つに決まらないので、自衛隊の「実質的な根拠は条文の外側にある」というように論理が迷走して結論が出ない。これは出発点が間違っているからだ。続きを読む

「インフレ税」で所得分配は公平になる

日経新聞も朝日新聞も財政タカ派だから、FTPLには否定的だ。私もその結論に反対ではないが、「インフレ税は不公平だ」という批判は誤っている。少なくとも理論的には、インフレ税は金融資産への一律課税だから、Lucas-Stokeyのいう最適課税になる。所得分配も、預金が目減りして金持ちが損するので(相対的には)公平になる。

それより大きいのは、世代間の所得分配を公平にする効果である。公的年金などの社会保障債務の減額は政治的に不可能だが、インフレ税なら踏み倒せる。シムズもいうように、これを政治的に解決する方法はインフレ以外に考えられない。財政タカ派のいうように政府が「地道に増税」すると、デフレになって実質債務は増え、かえって不公平になる。

インフレ税の最大の難点は、多くの人が批判するように、政府が物価上昇率をコントロールできないことだが、これは今のまま放置しても同じだ。政府債務が極限まで積み上がると、いずれ長期金利が上昇し、インフレが起こる。続きを読む

日本政府は「国債を返し過ぎ」か

安倍首相の「デフレ脱却を考えると国債を返し過ぎだ」という発言が、債券市場に波紋を呼んでいる。今年1月20日の施政方針演説では、2020年のプライマリーバランス黒字化という目標が消えた。これは「シムズ理論の甘い誘惑」だと日経は批判しているが、首相の発言が昨年秋だとすると、ヘリマネだろう。

両者はまったく違う理論だが、結論は似ている。「政府と日銀は親会社と子会社みたいなもの。連結決算で考えてもいいんじゃないか」という安倍首相の発言も、政府と中銀のバランスシートを統合すべきだというFTPLと一致し、理論的には正しい。

インフレ税のもっともむずかしい点は、政府が財政規律を放棄することで、これをあまり露骨にやるとハイパーインフレになるので、少しずつやれば市場が徐々に織り込んでゆるやかにインフレになる、というのがSims(2013)の理論である。首相はきわめて徐々に財政規律を放棄し始めたのかもしれない。続きを読む

実質債務のデフォルトによる政府の「計画倒産」

Interest and Prices: Foundations of a Theory of Monetary Policy
学生のころ、フリードマンの自然失業率の論文を読んで目からウロコが落ちたが、シムズのジャクソンホール論文は、それ以来だ。フリードマンが見事にスタグフレーションを説明したように、FTPLは長期停滞を説明した。それをフリードマンになぞらえると、自然失業率に相当する重要な概念が非リカーディアン均衡である。

政府の本源的な収入は税収だけだから、長期的には均衡財政になるというのがバローのリカーディアン均衡(中立命題)である。政府は通貨を印刷して債務を返済できるので、理論的には「無税国家」が可能だ、というのがMMTの主張だが、これはFTPLの特殊な場合として成り立つ。

MMTはネズミ講の可能なFTPL

ウッドフォードはFTPLの指導的な理論家だが「政策が非リカーディアンなら、政府予算は外的な制約を受けない」という(p.315)。短期的にはNPG条件が制約にならないのでネズミ講が可能になり、MMTのいうように財政支出で景気は無限によくなるようにみえる。

しかし長期的には実物的な資源制約にぶち当たって金利が上昇し、インフレで名目金利が上がるスタグフレーションが起こる。MMTは「インフレ2%になったら財政支出を止める」というが、不況で財政支出を止めると大不況になる。

これを避けるために財政赤字を減らすと、財政黒字の現在価値が上がり、民間投資をクラウディングアウトして物価が下がる。それは次の均衡条件で説明できる。

 物価水準=名目政府債務/財政黒字の現在価値

日本はこの式の右辺(政府債務)が過大な非リカーディアン不均衡(シムズのいうハイパーリカーディアンな状態)なので、分母を小さくする(将来の財政黒字を減らす)ことで左辺(物価)を上げ、非リカーディアン均衡に近づけようというのがシムズの提案である。続きを読む

消費税の増税延期では何も起こらない

シムズが来日し、「消費税の増税を延期せよ」と提言している。これはクルーグマンのいい加減な話とは違い、検討に値する。彼は安倍首相とも会うようで、「アベノミクス2.0」としてFTPLが採用される可能性も出てきたが、彼のインタビューには気になる部分がある。
――物価上昇が止まらなくなり、ハイパーインフレーションにはなりませんか。

(シムズ)そんなに大きな危険はない。人々はなぜハイパーインフレが良くないかを理解している。インフレは政治的にも不人気だ。どう対処すべきかも分かるし、対処のための政策手段も整っている。物価が上がるよりも素早く金利を上げる。財政政策でも対処できる。[…]

むしろ低金利環境が長引き、なかなか物価上昇率が高まらないケースの方が心配だ。最初は動かなくても、やがて急激に上がる瞬間が来る。急な調整を迫られる可能性もある。だからこそ物価上昇率が早めに、少しずつ上がるようにしておくべきなのだが。
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政府は東芝を救済すべきか

GEPRの記事は結論だけ書いたが、巨額のサンクコストが発生した企業を政府が救済すべきかというのは重要な問題なので補足しておく。事実関係は経営陣が説明するまでわからないが、一般論としては救済することが合理的だ。
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図で括弧の中の左は債権者(銀行)、右は債務者(東芝)の資産とする。原発1基あたりの投資が5000億円で、プロジェクトが成功した場合は銀行が1000億円、東芝が2000億円の利益が出るとする(これは問題ない)が、規制強化で1000億円コストが増えたとしよう。

清算して原発の建設を中止すると両者の資産はゼロになるが、銀行が救済すると資産が減損処理されて4000億円になるとする。この場合は銀行は1000億円損するが清算するよりましなので、融資を維持することが合理的だ。債務者にとってはもちろん融資の維持(1000億円の利益)が望ましいので、事後的には両者にとって救済が合理的(パレート効率的)である。

東芝の損失7000億円の最大の原因も、福島事故後の規制強化による固定費(追加投資や工事の遅れ)だといわれる。原発はほとんど完成しており、運転すればキャッシュフローは大きな黒字が見込まれるので、向こう20年ぐらいを考えれば銀行は融資を回収できるだろう。債務超過かどうかは、サンクコストの問題だから破綻処理とは無関係だ。

普通の銀行にはそういう長期的な融資は困難だが、政投銀なら融資できる。図のように1000億円損しても、「公益」1000億円を足せば合計5000億円でマイナスにはならない。国費を投入するには何らかの「けじめ」が必要だろうが、会社更生法がいいのか私的整理がいいのかはわからない。確実にいえるのは、完成した原発は運転すべきだということだ。続きを読む
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