Misc

小倉秀夫弁護士の詐欺的な論理

私のほうは相手にする気はないのだが、小倉氏がいつまでも粘着してくるので、簡単にお答えしておく(ほとんどの人には興味がないと思うので、無視してください)。彼の議論は、その内容以前に論理が破綻していることが多い。小倉ヲチでくわしくフォローしているように、
これを初めて使ったのはゾンバルトである(Wikipediaにも書いてある)。
と書いたら、小倉氏
ゾンバルト(Werner Sombart)なんてどこにも出てきません。
と書いたので、私は同じコメント欄でWikipediaの次の文章を引用した。
However, the first use of capitalism to describe the production system was the German economist Werner Sombart, in his 1902 book The Jews and Modern Capitalism (Die Juden und das Wirtschaftsleben).
そうするとは、
マルクスより先に「Capitalism」ないし「Capitalist」という言葉を使った人として英語版wikiで紹介された人の中には「ゾンバルト(Werner Sombart)」なんてどこにも出ないのですが。
と後から条件文を挿入するのだ。これは法廷で「証拠の文書には被告の名前はどこにも出てきません」と主張した弁護士が、検察側に「出ているじゃないか」と指摘されると「被告は犯人としてはどこにも出ないのですが」と言い逃れをするようなものだ。裁判官は「被告の名前は文書に出ている。代理人の最初の弁論は撤回してください」というだろう。

彼は他人に「新自由主義」などというレッテルを勝手に貼って、ピノチェトと同じだとか「人命に特段の価値を見出さない」だとか名誉毀損に等しい攻撃を繰り返す。きょうの記事ではこうだ:
「構造改革」が労働者への労働の成果の配分の現象を生じさせるものであれば,それは家計収入自体の減少をもたらしますから,国内需要が減少するのは当然のことです(原文ママ)
この文章は(誤字を訂正すれば)つねに正しい。トートロジーだからである。したがって、ここから何も意味のある命題を導くことはできない。私が「構造改革で需要は増える」と書いているのに、それとは逆の仮定を置いて何事かを証明したつもりになっている彼が、素人なら何もいう気はない。彼はこれでも弁護士免許をもち、法廷で弁論を行なう弁護士なのだ。自動車の免許だけではなく、司法試験も定期的に再試験をしたほうがいいのではないか。


SBI大学院大学コースウェア

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SBI大学院大学の公式サイトがYouTubeにできた。私の「イノベーションの経済学」の講義は、すべて公開されている。願書の次の締め切りは2月2日なので、関心のある人は大学のウェブサイトへどうぞ。

アゴラ

ライブドアの協力で、オピニオンサイト「アゴラ」を立ち上げた。これは複数アカウントで投稿することによって、Huffington Postのような「言論プラットフォーム」をつくる試みだ。日本では匿名掲示板の悪影響でウェブ上の言論が壊滅状態なので、専門家が実名で発言することによって、政策担当者やジャーナリスト、あるいは一般市民との交流をはかりたい。創立メンバーは次の5名である:
  • 池田信夫
  • 高橋洋一
  • 西和彦
  • 松本徹三
  • 渡部薫
まだベータ版なので、4月の本格サービス開始までに、いろいろなご意見を取り入れて改善してゆく予定である。livedoor IDをとって管理人の承認を得れば投稿できるので、専門家の参加を歓迎する。

「派遣村」の偽善

「年越し派遣村」なるイベントが、与野党のポピュリズムに利用されている。民主党の鳩山幹事長が代表質問で、派遣村にコメントした坂本政務官の解任を要求したのには唖然とした。日本の政治には、もっと大事な問題がたくさんあるだろう。完全失業者は250万人もいるのに、なぜ日比谷公園に集まった500人だけを特別扱いするのか。木村剛氏はこう書いている:
日比谷公園のテントでわざわざ年越しをする必要があるのだろうか、というそもそものところから、やや不自然なものを感じます。政治活動を主目的に活動している方がいるような気がしてなりません。故郷があるのなら、帰省のための交通費を貸してあげた方が親切なのではないでしょうか。
もちろん「政治活動を主目的に活動している」ことは明らかだ。しかも、かなりメディアの扱いに慣れたプロがやっている。中核になっているのは労組や共産党の活動家だろうが、彼らは表に出ず、取材にはボランティアが対応する。「派遣」を前面に出したのも巧妙だ。労使紛争はメディアではあまり取り上げないが、派遣という新味があればネタになる。名誉村長が官製不況の元凶、宇都宮健児弁護士というのもブラックユーモアだ。

そもそも住宅を供給するのは、企業の義務ではない。会社をやめたら寮を出るのは当たり前だ。わざとらしく日比谷公園に集まって役所に住居を斡旋させるのは筋違いで、それに応じる厚労省も不見識だ。これが500人ではなく5万人だったら、彼らは同じことをするのか。「製造業への派遣労働を見直す」とか言い出した舛添厚労相は、彼の軽蔑しているみのもんたに成り下がったのではないか(*)

こういう状況で、誰も派遣村を批判できない気分はよくわかる。私も、かつて取材する側として、こういう「絵になる」ネタはよく使わせてもらったが、こういう事後の正義が日本経済をますますだめにするのだ。ところが「保守派」の産経・文春も、異を唱えない。今のところ、正論をのべているのは週刊ダイヤモンドだけだ。

「失われた10年」の教訓は、「貸し渋り防止」などと称して目先の「弱者救済」のために行き当たりばったりに公金をばらまく温情主義が、最悪の結果をまねくということではなかったのか。少なくとも欧米諸国はそういう教訓を学んでいるのに、日本は何も学ばなかったようだ。こうして日本経済は、次の10年をまた失うのだろう。

(*)これはみのもんたに失礼だった。彼は「派遣村は過保護では?」と語ったそうだ。舛添氏よりずっとましだ。

すべてを変えるのは何か?

恒例のEdgeの年頭質問は"WHAT WILL CHANGE EVERYTHING?" お遊びの記事にしては分量が膨大だが、おもしろそうなのは、

明けましておめでとうございます

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今年も年賀状は出さないので、ブログでごあいさつ。

去年は暗い話題が多かったが、今年はたぶんもっと暗い年になるだろう。90年代には銀行や不動産などの「放蕩息子」が日本経済を食いつぶしたが、唯一の「働き手」だった輸出産業が倒れた今回の状況は、もっと悪いからだ。ただ私は、日本経済が一度は徹底的にだめになったほうがいいと思う。敗戦で財閥が解体されたとき、日本では世界史上にもまれなイノベーションが起こった。戦後の高度成長は、古い企業が破壊された焼け跡に創造されたのだ。

かつてマレーシアの熱帯雨林で、1ヶ月ほど撮影したことがある。「地球を守ろう」などというセンチメンタリズムでは、熱帯雨林はガラスのように繊細なものと思われているのだろうが、実際の熱帯雨林は猛烈な勢いで破壊の進行する生態系だ。至る所に高さ数十メートルの大木が倒れて、「ギャップ」と呼ばれる大きな穴があいている。その木もシロアリに分解されて数ヶ月で消えてなくなり、古いシステムが破壊された空間に新しい木が育つ。熱帯雨林の生態系は、福岡伸一氏の言葉でいえば「動的平衡」なのである。

90年代の日本は、古いシステムを温存したまま新しいシステムを育てようとしたが、古い木が空をおおっているかぎり、新しい木は育たない。パイが縮小する時代には、「格差社会」を是正する再分配もできなくなり、バラマキ景気対策の原資もなくなる。そこまで追い込まれ、かつて小泉首相を生んだような危機感によって政治にダイナミズムがよみがえれば、日本経済にも救いはあるかもしれない。

今年のベスト10(アクセス)

当ブログの記事で今年読まれたものを「はてなブックマーク」で集計してみると、ベスト10は次のようになる。これはアクセスの多い順ではないが、注目度の順とはいえるだろう。
  1. 大麻で逮捕するならタバコを禁止せよ:11/16
  2. 古舘伊知郎氏が「格差社会」を語る気味悪さ:11/17
  3. B-CAS社の罪は「退場」では消えない:8/7
  4. 医師会には社会的常識が欠落している人が多い:11/20
  5. 太田誠一氏の「政治団体事務所」は隣の家だった:8/26
  6. iPhone 3Gはジョブズの敗北宣言:6/11
  7. 地デジの非常識:7/25
  8. 404 Blog Not Foundを読むのをやめた:2/11
  9. 10年は泥のように働け:5/29
  10. 温暖化懐疑論のまとめ:7/5
10行足らずの1が歴代のベスト1になったのは驚いたが、マスメディアが取り上げないからだろう。こういうタブーになっている話題は強く、3や7もおなじみの地デジの話だ。ASCII.jpに連載している「サイバーリバタリアン」でも、担当編集者によると「B-CASがらみは普段の数倍から10倍ぐらいアクセスがある」という。この理不尽なしくみを無理やり使わされている消費者の怒りを少しでも代弁できたとすれば、それだけでも当ブログの価値はある。

私にとっての今年最大の珍事件は5で、ヤフーニュースのヘッドラインになり、1日30万PVを超えた(アクセスはこれが最大)。まったくの偶然でこんなことが起こるのは、宝くじで2億円当たる確率より低い。私の運をこれで使い切ったとすれば、惜しいことをしたものだ。結果的には福田首相の退陣でうやむやになったが、閣僚でなければ政治資金の使い方がでたらめでもいいということにはならない。なぜ公認会計士の監査を義務づけるぐらいの改革ができないのだろうか。

今年の初めには月間100万PVだったアクセスも、今月はすでに200万PVを超えた。自分で読んでも、わかりにくくて大しておもしろくもないのに、なぜアクセスが増えるのか謎だ。たぶん日本語で読むに値するブログがきわめて少ないことによる稀少性と、マスメディアのバイアスを補正する機能を果たしているのだろう。大麻も地デジもそうだし、2や4や10もそうだろう。ビジターを「なかのひと」でドメイン別に集計すると、
  1. NTTグループ
  2. 富士通 
  3. ソニー
  4. 東芝
  5. 松下電器産業
  6. 日本電気
  7. 日本IBM
  8. 京都大学
  9. 東京大学
  10. 日本放送協会
母集団の圧倒的に多い1は当然として、ITゼネコンからのアクセスがあいかわらず多い(アクセス禁止になった日立は30しかない)。誤解のないようにいうと、ITゼネコンの業績はよくないが、社員の能力は高いので、当ブログを読んだ心ある社員が「10年は泥のように働け」などという愚かな経営者を見限って起業することを望みたい。ソニーや松下にとってもいい年ではなかったが、VCには金が余っているようなので、今がスタートアップのチャンスだ。グリーもIPOで1000億円集めたように、「不況のときは創造的破壊はできない」などというのは迷信だ。

当ブログは基本的に趣味でやっているので、記事を書く時間は1日1時間以内と決めているのだが、ここまでアクセスが増えると、メインテナンスが負担になってきた。gooブログの貧弱な機能ではこれ以上は無理なので、来年からライブドアの協力で、この個人ブログとは別に、複数アカウントで書くHuffington Postのようなオピニオンサイトをつくることになった。年明けからベータ版を公開する予定である。

プログラムされた父殺し

おとといの短い記事が、予想外の波紋を呼んでいる。コメントも50以上ついているが、その多くが学生運動がらみであるところがおもしろい。今の若者にとっては神話的な時代なのかもしれないが、そのころを知る者として少し書いておこう。

最近もギリシャで反政府暴動が起きているが、こういうのは基本的に学生がエリートとみなされる後進国の現象だ。日本でも60年代の全共闘運動まではその傾向があり、1969年に東大に機動隊が導入されたとき、全共闘が「入学おめでとう」という看板を掲げたのは有名なエピソードだ。今はよくも悪くもそんなエリート意識はないので、「われわれが社会を指導する」という運動は不可能だ。

しかし若者が親の世代を否定する父殺し(patricide)の衝動をもつことは人類学で知られており、生物学的にも合理的だ。生物は生まれた以上、死ぬのが当たり前だと思われているが、実はバクテリアは死なない。個体に一定の寿命があるのは、有性生殖を行う原生生物や多細胞生物だけである。老化は細胞分裂の際にコピーに少しずつ誤差が出ることによって起こるが、それは細胞がもともとそなえているしくみではなく、進化の過程で個体は一定期間後には死ぬようにプログラムされたのだ。

その理由は、個体は遺伝子のコピーを最大化するための「乗り物」にすぎないからだ。同じ個体がずっと生きて人口が増え続けると、新しい個体の生活する余地がなくなり、最後には食料がなくなって種全体が滅びてしまう。親は個体としては死ぬが、遺伝子を子供に残し、その成長を助けることによって遺伝子プールとしての個体群は繁殖する。若者が父親を殺そうとする(権威を倒そうとする)暴力は、群淘汰によって遺伝子に埋め込まれた本能なのだ。

いわゆる未開社会には、権力者を定期的に殺す「王殺し」の制度が広くみられた。国家が老化して効率が落ちたとき、それを壊す最強のメカニズムは戦争である。古来、戦争と内乱はほとんど同じもので、権力者を外部から規律づける装置として機能していた。マルクス主義が強い影響をもったのも、こうした破壊衝動に訴えるからだろう。しかし近代のような大規模な国家で暴力革命を起すと、エドマンド・バークも指摘したように旧体制より悲惨な結果になることが多い。

これを歴史的に実証したのが社会主義の失敗だが、最近はその逆にすべての変革を拒否して、ケインズ的なピースミール社会工学で社会をコントロールするのが賢明だという風潮が強い。しかし北朝鮮で、いくら「将軍様」のもとでピースミールな改良を続けても社会は改善しない。晩年のハイエクも気づいたように、バーク的な保守主義では制度を変えることができないのだ。資本主義は、古い企業を殺すことによって社会が生き延びる群淘汰のメカニズムである。

このまま「景気対策」でごまかしを続けていると、20年後には日本は――北朝鮮とはいわないまでも――ラテンアメリカのように国家として破綻するおそれが強い。私の世代は、そのころには食い逃げしているのでちっともかまわないが、今の30代以下には地獄のような老後が待っていることは覚悟したほうがいい。世代間の負担だけでなく、日本経済の衰退によって分配の分母となる所得が減少してゆくからだ。父殺しのエネルギーは、暴力革命以外の方法で使うこともできる。2ちゃんねるのようなゴミためで騒いでいても、悲惨な未来は変わらない。

ハンコ・元号・縦書きをやめよう

あるウェブマガジンに依頼された原稿を送ったら、「申告書」がEメールに添付されて、「銀行口座を書いて署名・捺印して郵送せよ。それまで原稿は掲載しない」という。「私が頼んで原稿を書いたんじゃない。こんな失礼なサイトに原稿を掲載するのは、こっちがお断り」と返事したら、担当者があわてて「経理規定を見直します」とフォローしてきた。これが日本の電子メディアの実情だ。

こういう会社にありがちなのが、元号だ。官庁のサイトのExcelデータも元号なので、手作業でひとつひとつ西暦に直さないと使い物にならない。元号法は「元号は政令で定める」と規定しているだけで、元号の使用を義務づけてはいないので、官庁のデータはせめて西暦を併記すべきだ。NHKも、海外ニュースは西暦で国内ニュースが元号という混乱した書式をやめるべきだ。

また私の見ている画面のほとんどはPCのモニターなので、縦書きは読みにくく、文書をファイルするときも混乱する。日本だけが右縦書きという世界に例をみない方式を続けているのは、新聞が最大の原因だろう。『週刊ダイヤモンド』や『月刊アスキー』などは一時は横書きだったが、縦書きに戻してしまった。横書きが読みにくいとか「学術書くさい」というのはオヤジの思い込みで、ケータイがメインになっている若者にとってもメディアのほとんどは横書きだ。

世界的にも、公文書で独自の年号しか使わないのは北朝鮮の「主体暦」だけで、左横書き以外の書式を使っているのは、アラビア語とモンゴル語しかない。本家の中国には、ハンコはまだあるが、元号も縦書きもない。いまだに政府のデータやマスメディアがこういう混乱した形式になっているのは、日本がガラパゴスを通り越して「北朝鮮化」する状況を象徴している。

大麻とタバコのどっちが有害か

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例によって迷走していたタバコ増税が、見送りの方向になったようだ。いろんな理由がついているが、要するに財務省の最大の利権・天下りポストである日本たばこ産業を守ろうということだろう。予算を預かる会計係が先輩(会長は元主計局長の涌井洋治氏)に便宜供与するなんて、民間企業ではほとんど背任だが、霞ヶ関ではその程度の節度も守られないらしい。世も末である。

日本のタバコは安い。図のように、日本より安いのは中国やロシアなど民度の低い国だけだ。イギリスの研究機関Beckley Foundationは「大麻による健康被害はアルコールやタバコよりも低い」とする報告書を発表した。アルコールとタバコが原因で死亡した人の数をあわせると、イギリスだけで15万人にのぼるが、大麻による死者は世界中でたった2人だ。

大麻が無害だとはいわない。しかし大麻の所持で逮捕するなら、その何万倍も有害なタバコの自販機はすべて撤去し、広告も禁止するのが当然だ。数兆円といわれるタバコの社会的コストを考えれば、1箱1000円でも安い。この程度の指導力も発揮できないようでは、麻生首相も年内はもたないのではないか。




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