政治が「強すぎる円」を生み、空洞化が「弱すぎる円」を生んだ

円ドル戦争40年秘史 なぜ円は最弱通貨になったのか (日本経済新聞出版)
ミルトン・フリードマンが1950年代に変動為替相場を提案したとき、それをまじめに受け取る人は少なかった。為替レートは物差しのようなもので、それが毎日、伸びたり縮んだりしては貿易はできない。

それが1970年代にドルが弱くなって金・ドルが兌換停止になり、なし崩しに変動相場制になった。フリードマンは通貨価値がその購買力に等しい水準に決まると考えたが、実際の為替レートは購買力平価(PPP)とはほど遠い。今の円のPPPはBISによれば1ドル=約95円だが、名目為替レートは154円で、その60%である。

G46hVWyaIAARXqB

歴史上、これほど大きくPPPと名目レートが離れた例は少ない。円高方向に大きく外れたのは1995年で、ピーク時には79円台を記録した。これはクリントン政権のドル安誘導で政治的につけたレートだったが、意外に大きな影響をもたらした。この時期から所得収支の黒字が増え始めたのだ。

8

これは初期には、円高による製造業の資本逃避だった。不良債権問題で弱った日本の通貨価値が史上最高になったのは明らかに過大評価だったので、海外生産を増やしたのだ。その後クリントン政権の方針転換で円は下がり、金融危機の起こった1998年には140円まで下がったが、空洞化は止まらず、今では経常収支の黒字はすべて所得収支である。

続きは10月17日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

日本はなぜ「属国」になったのか(アーカイブ記事)

歴史としての日米安保条約――機密外交記録が明かす「密約」の虚実
高市首相のふるまいを「属国しぐさ」と批判すると、ネトウヨから「属国で何が悪い」とか「対米従属しか日本の生きる道はない」といった反応が来る。属国でいいなら、憲法改正も安保法制も必要ない。左翼が反米なのはわかるが、右翼まで自民党の結成された目的を知らない時代になったのか。

自由党と日本民主党が1955年に保守合同した最大の目的は、占領状態を脱却して再軍備し、安保条約を日米相互防衛条約にして米軍を撤退させることだった。米軍基地を残したままのサンフランシスコ平和条約は属国条約であり、基地が治外法権になっている不平等な安保条約を改正し、日米が対等の同盟国になることが自民党の悲願だった。

1955年8月に鳩山一郎内閣の重光葵外相が訪米し、ダレス国務長官に相互防衛条約の日本案を見せた。その第4条まではNATOなどと同じ共同防衛の規定だが、第5条には「日本国内に配備されたアメリカ合衆国の軍隊は、この条約の効力発生とともに、撤退を開始するものとする」と書かれていた。

これに対してダレスは「現憲法下において相互防衛条約が可能であるか。日本は米国を守ることができるのか。たとえばグワムが攻撃された場合はどうか」と質問した。重光は「自衛である限り協議が出来るとの我々の解釈である」と答えたが、ダレスは「それは全く新しい話である。日本が協議に依って海外派兵できると云う事は知らなかった」と驚いてみせた。

続きは11月3日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

サッチャーはいかにして英国を英国病から救ったか

サッチャー 「鉄の女」の実像 (中公新書)
高市首相はサッチャーを尊敬しているそうだが、両者は女性という以外に共通点がない。サッチャーは何よりも財政バラマキや政府の民間への介入をきらう、小さな政府を信念とする政治家だった。それは既得権保護を党是とするイギリス保守党では異端の思想だった。

1970年代のイギリスは労働党政権のもとで、10%を超えるインフレ率と失業率の続く「英国病」に悩まされていた。これに対してサッチャーなどの右派は、完全雇用を目標とするケインズ主義から、マネーサプライを制御してインフレを抑制するマネタリズムに転換すべきだと主張した。

これはフリードマンの理論で、サッチャーがそれを理解していたかどうかは疑わしいが、1979年に首相になると、彼女は政治的信念からマネタリスト的な経済政策をとった。その最初の政策が、為替管理を廃止する資本移動の自由化だった。これは国際資本移動を自由化し、イギリス金融資本が海外進出した。

国内でもマネーサプライを一定に保つために金利を上げ、長期金利は15%になったため、スタグフレーションが激化した。だがサッチャーは「レディは振り返らない」と宣言して、財政支出を大幅に削減する緊縮予算を出した。これによって失業率は上がり、ストライキが頻発して政権は危機に瀕した。続きを読む

近代人は遊びを忘れて幸福になったのか

ホモ・ルーデンス (中公文庫 ホ 1-7)
本書は20世紀を代表する歴史家ホイジンガが、その研究成果を晩年に「遊び」というテーマでまとめた古典である。ホモ・ルーデンスとは「遊ぶ人」という意味だ。学生時代に読んでよくわからなかったが、ベラーの本を読んで、その意味がようやくわかった。

遊びは多くの動物にも見られる。類人猿はいたずらしたり、からかったりする。鳥は空中で競争し、鳴き声を競う。これは天敵に見つけられやすいが、そういう遊びが多くの動物に残っていることは、生存競争で有利になることを示す。

遊びは衣食住などの生活の役には立たないが、すべての子供は遊ぶ。だが人間も動物も、見知らぬ相手とは遊ばない。競技のためには、ルールを共有しないといけないからだ。遊びは互いが同じ集団に所属することを確認する共同行動なのだ。

遊びは日常生活の中に非日常を作り出し、文化を生み出す。音楽もダンスも絵画も、人類の歴史とともに古い。縄文式土器と一緒に出てくる膨大な数の土偶には実用的な意味はないが、祭や儀式に使われたと思われる。それが制度化され、宗教になった。

しかし大人が遊びを忘れるように、近代人も遊びを忘れてしまった。それは資本主義の発達で、労働が遊びより重要になり、かつて人々が遊んでいた時間にも働くようになったからだ。それによって人間は幸福になったのだろうか。

続きは10月27日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

バブルは2度崩壊した

バブル経済事件の深層 (岩波新書)
バブルを考えるとき大事なのは、「あのときこうすればよかった」という結果論は無意味だということである。本書はバブル崩壊とその後処理について、同時代に取材した朝日新聞社会部の記者が書いたものだが、これを読んで気づくのは、銀行が不良債権を処理し始めたのは早かっ意外にたということだ。

イトマン事件で住友銀行の磯田一郎会長が辞任したのは1990年10月、長銀の破綻の原因になったEIEが銀行管理になったのは1990年12月、日債銀が関連ノンバンクの財務内容を調査する「特別スタッフ」を審査室に設けたのは1991年1月である。

しかしバブルという言葉がマスコミに出てくるのは1991年以降で、それが大不況の原因だという認識が一般的になったのは、1995年の「住専国会」で、政府が農協系金融機関に6850億円贈与するという異常な事件が起こってからだが、このときまだ日本の成長率はプラスだった。

成長率が大幅なマイナスになったのは、1998年である。90年代前半がゆるやかなバブルの収縮だったとすれば、このとき初めてバブルが不連続に崩壊し、金融危機になった。バブルは2度崩壊したのだ。

続きは10月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

イノベーションは「積極財政」では起こらない

創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論
今年のスウェーデン銀行賞(ノーベル経済学賞)は、J. MokyrとP. Aghion、P. Howittの3人が受賞した。その授賞理由は「イノベーションによる経済成長」の研究である。

Aghion-Howittの研究は1990年代から数多く発表され、経済学界の共有財産である。本書はそれを一般向けに書いた入門書だが、日本にはいまだに「積極財政でイノベーションを起こす」とか「ターゲティング政策で成長する」とかいう政治家がいるので、そういう人々には本書を読んでほしい。

続きはアゴラ

戦争と植民地支配が近代科学を生んだ(アーカイブ記事)

A Culture of Growth: The Origins of the Modern Economy (Graz Schumpeter Lectures)
今年のノーベル経済学賞にJoel Mokyrが選ばれた。彼は経済学者というより歴史家だが、本書はイノベーションの起源とその意味を明らかにした経済史の記念碑的な著作である。

人類の歴史の大部分で世界最高の文明国だった中国で「産業革命」が起こらず、なぜヨーロッパの小国イギリスで起こったのか、というのは歴史の謎である。その一つの要因が近代科学だが、中国の技術的知識はヨーロッパよりはるかに進んでいたのに、それが「科学革命」に結びつかなかったのはなぜだろうか。

それは中国が文明として完成していたからだ、というのが本書の答である。中国の学問は四書五経を解釈することであり、エリートの条件は古典を暗記することだった。論理は重視されたが、その論証の根拠は古典の記述であり、事実で古典を否定することはできなかった。ここではオリジナリティは重視されず、イノベーションには価値がなかった。

ヨーロッパ中世でも最高の知識人は、聖書やアリストテレスを読んだ聖職者だったが、それを変えたのは16世紀以降の植民地支配と戦争だった。特にイギリス人が自国よりはるかに広い新大陸を支配し、多くの異民族を統治するには、古典は役に立たなかった。フランシス・ベーコンは古典より観察や実験にもとづく科学を主張し、それを未知の大陸を発見するコロンブスの航海にたとえた。

続きは10月20日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

サッチャーの「保守革命」は異端だった(アーカイブ記事)

マーガレット・サッチャー―政治を変えた「鉄の女」―(新潮選書)
自民党総裁になった高市早苗氏はサッチャー元首相を尊敬し、その自叙伝を愛読しているらしいが、その政策はサッチャーとはまったく違う。サッチャーが「小さな政府」をスローガンとしたのに対して、高市氏は減税とバラマキの「大きな政府」である。それはサッチャーの登場する前の「英国病」に似ている。

ただサッチャーの政策が、それほど首尾一貫していたわけではない。のちにマネタリズムと呼ばれる政策を彼女が実行したのは、1970年代に英国病が完全に行き詰まった状況で、他に手段がなかったためだ。最大の敵は長期にわたってストライキを繰り返す労働組合、特にその中核である炭鉱労組だった。

スクリーンショット 2025-10-06 081912

イギリスの保守党は、文字通り保守的な地主と貴族の党で、雑貨屋の娘であるサッチャーは異端の右派だった。保守党の政治手法も既得権を守って妥協するもので、本流のヒース首相は炭鉱労組との対決を回避し、石油ショックに対して財政出動と価格統制で対応した。このためイギリス経済は、インフレ率が20%を超える大混乱に陥った。

そんな中で保守党の党首選挙が行われ、なり手のいない状態で、異端のサッチャーが保守党の党首にかつぎ出された。1979年に彼女が党首に指名されたとき、ブリーフケースからハイエクの『自由の条件』を出し、「これがわれわれの信じているものだ」と宣言したエピソードは有名である。

続きは10月13日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

宗教は「まじめな遊び」である

Religion in Human Evolution (English Edition)
本書は宗教社会学の世界的権威ロバート・ベラーの最後の大著だが、そのテーマは「遊び」である。宗教といえば聖職者がまじめに祈祷や儀式をするものだが、著者は(ホイジンガに従って)遊びはまじめの対義語ではなく、宗教はまじめな遊びだという。

多くの霊長類に見られる遊びは、グルーミング(毛づくろい)である。猿は起きている時間の3割をグルーミングについやす。これはダンバーのいうように、毛づくろいで親近感を表現し、相手はそれを許す(背中を見せる)ことで信頼感を示す儀式である。

類人猿の集団内の序列は生まれたとき決まっているが、それは下位の個体のストレスとなる。それを解消するために、上位と下位の個体が互いに毛づくろいし、集団意識を高めるのだ。グルーミングは生存の役に立たないという意味では遊びだが、集団を維持するためには必要な行動である。

宗教の原型も、こういう集団維持のための遊びだったと考えられる。毛づくろいは最大でも十匹ぐらいしかできないが、言葉を使えば世間話で100人程度までの集団が互いに仲間であることを確認できる。このような世間話が神話として多くの部族社会で語り伝えられ、宗教が生まれた。

遊びは労働時間以外の「暇つぶし」だが、一緒に遊ぶためには同じルールに従う合意が必要である。部族社会の祭や儀式はこの合意を確認する集団行動で、音楽やダンスなどの娯楽を含んでいる。生存に必要ない音楽がすべての民族にあるのも、このためである。遊びは楽しくないと続かないからだ。

続きは10月6日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

老荘思想は「ロゴス中心主義」を否定する

老子・荘子 (講談社学術文庫 1157)
ニーチェは19世紀末に「来るべき2世紀はニヒリズムの世紀になる」と予言したが、それは東洋では新しい思想ではない。老荘思想は、ニヒリズムが中国の伝統だったことを示している。老子と荘子は実在の人物かどうかは疑わしく、どちらも中国の民衆に伝わった思想を後代に記録したものだろうが、そこには中国人の集団的無意識が表現されている。

老荘の<無>の思想は、仏教の<空>と似ているが、一つ大きな違いがある。仏教が仏典によって言語哲学を語るのに対して、老荘思想は言葉を信用しない。世界の自然な姿は未分化な混沌であり、「名」(言葉による命名)はそれを善と悪、美と醜などに分類して世界を分断してしまうという。

では言葉にならない真理とは何か。それは「無為自然」である。老子は春秋戦国時代に儒教に対する批判として出てきた思想で、『論語』の権威主義をきらい、国家を否定する。荘子はさらに個人主義で「万物斉同」を説く。これは有名な「胡蝶の夢」のように、人間が蝶になった夢を見ているのか、その逆かはわからないという相対主義である。
言語がもちいられないかぎりは、全ての事物は本来の斉一性そのままである。斉一性は平穏に言語とは共存できない。言語は全ての事物が「一」であるところでは、存在することができない。したがって私は言う、「言葉なし」と。(『荘子』雑篇、寓言篇)
このような言語に対する不信感が老子にも荘子にも共通する思想である。それはインド=ヨーロッパ語族のインド人(アーリア人)がロゴスに依拠したのに対して「ロゴス中心主義」を否定する思想ともいえるが、言葉がないと何によって真理をさとり、何によってそれを伝えるのだろうか。

続きは9月29日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)


note1
スクリーンショット 2021-06-09 172303
記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons
  • ライブドアブログ