日本にはなぜ「宦官」がいなかったのか

宦官 改版 側近政治の構造 (中公新書)
読売新聞の提言で、また「男系の皇統」が話題になっているが、これは明治時代に井上毅が皇室典範で決めたルールであって「古来の伝統」ではない。『日本書紀』は、継体天皇を垂仁天皇の女系の子孫とし、それ以前の天皇は男女の別も書いていない。継体以降は男系が続いたが、それは側室の産んだ子の中から男子を選んだだけで、男系を定めた文書はない。

日本に男系の皇統がなかったことは、宦官がいなかったことでも明らかだ。中国では男系男子の皇統が厳格に決められ、歴史上も例外は一人(則天武后)だけだ。後宮は男子禁制で、皇帝や側室の世話をする宦官は去勢し、皇帝が側室とセックスした日付を記録して産まれた子の血統を確認した。その子が皇帝の子であることを証明し、帝位を簒奪しようとする者が「この子は俺の子だ」と主張できないようにしたのだ。

しかし日本の御所には皇族以外の男も自由に出入りでき、側室の産んだ子は誰の子かわからなかった。天皇には権力がなかったので、その血統は問題ではなかったのだ。ただ家が絶えると困るので、天皇以外の父親の子でもよかった。島田裕巳氏も指摘するように、歴史上は天皇家以外の「不義の子」ではないかと噂された天皇もいる。第57代の陽成天皇である。

img_63b145d34842167a2cca0a589a3c7b5d407138
陽成天皇

続きはアゴラサロンでどうぞ(初月無料)

日本国債は「合理的バブル」である(アーカイブ記事)

バブルの経済理論 低金利、長期停滞、金融劣化
貨幣はバブルである。これは150年前にマルクスが「商品の物神性」として指摘したことだが、今も正しい。1万円札の使用価値は20円しかないので、その価値はバブルだが、人々がそれを1万円の商品と交換する限り続く。中央銀行は「国営バブル」を維持する機関ともいえる(2021年8月1日の記事の再掲)。

ゼロ金利の状況では国債も貨幣と同じであり、余剰資金を社会的に循環させる合理的バブルである。これには次のような特徴がある。
  1. 長期金利(r)が名目成長率(g)より低い限りバブルは維持できる
  2. r<gのときバブルは効率的である(将来世代との利害対立が発生しない)
  3. 必要な安全資産の総量は一定なのでバブルは代替する
ここで重要なのは3の条件である。1980年代後半にも、都心の地価は収益還元価格を超え、その利回りはマイナスだったが、それは安全資産として保有された。これをGDP比でみると、90年代以降、土地と国債を合計した安全資産の比率はほとんど変わっていない。つまり土地が国債にバブル代替されただけなのだ。

IMG_20210801_151843
バブルの代替(本書より)

国債がこのような安全資産になったのは、実はそう古い話ではない。日本でr<gになったのは、2013年に黒田日銀の量的緩和が始まってからの10年足らずである。この不等式が逆転してr>gになると、国債バブルは終わるのだ。

kinri-660x439
長期金利と名目成長率続きを読む

生成AIに「知性」はないのか?

Noam_Chomsky_portrait_2015GPTは人間と同じような言葉を使うが、それは人間と同じように考えているわけではない。たとえば「東京の人口は何人か?」と質問すると、GPTは地理の本で調べるのではなく「東京、人口、何人」という言葉(トークン)を入力し、その次に出てくる言葉の確率を計算する。その結果、

2025年5月1日現在、東京都の推計人口は 14,170,275人 です。

という答が返ってくるが、これは質問を聞いて考えているのではなく、入力された言葉の出てくる数万の文を検索し、その中に出てくる言葉の確率分布の分布行列から、次に出てくる言葉の確率を計算するのだ。これは人間が脳内でおこなっている思考とはまったく違う。

チョムスキーはこれを批判して「GPTには知性はない」という。人間にはわずかな情報から世界を効率よく説明する能力があるが、AIは大量のデータからパターンを学び、言葉を統計的に再現しているだけで、何も考えてはいないという。

確かにAIに思考力はないが、チョムスキーが70年かかってもできなかった「文を自動的に生成する」という作業をGPTは瞬間的にやってしまう。それは鳥がどうやって飛ぶかを知るために飛行機を調べるようなもので、決して知性の本質にはたどりつけないというが、そうだろうか?

続きはアゴラサロンでどうぞ(初月無料)

消費税の呪われた歴史

消費税 政と官との「十年戦争」 (新潮文庫)
また消費税が政局の焦点になってきた。欧州の付加価値税(VAT)はフランスの左翼が創設し、タックスヘイブンで節税する金持ちにも課税できる平等主義の税制だったが、日本ではれいわ新選組のような左翼が反対し、自営業やフリーターが支持する。その原因は消費税の制度設計に欠陥があったからだ。

大型間接税の議論は1970年代に始まる。高度成長期のあり余る財源で田中角栄はバラマキ福祉を始めたが、石油ショックで財政が行き詰まり、財政法で禁じる赤字国債(特例公債)を出すことになった。

財政法では起債のたびに特別法を国会に出すことになっており、もし野党が多数派になって反対すると国債が発行できず、デフォルトになってしまう。そこで大平正芳は安定財源を求めて欧州の付加価値税(VAT)のような一般消費税を公約に掲げたが、政局に利用されて1979年の総選挙で大敗した。

中曽根康弘は国会で「流通の各段階で投網をかけるように総合的に税金をかける考えは持っていない」とVATを否定したが、結局1987年に卸・小売に5%課税する売上税の法案を国会に提出した。これは製造業にはかけない「日本型付加価値税」だったが、国会で野党に「嘘つきだ」と批判を浴びて廃案になった。

そこで大蔵省は田中派の政治力に期待し、消費税ができたのは竹下内閣の1989年4月だった。これは大平内閣の原点に戻ったVATで、税率も3%とスモールスタートだったが、運悪くリクルート事件に遭遇し、満身創痍の竹下首相は法案成立と引き替えに退陣した。このとき国会で税法改正してからわずか4ヶ月で増税したため、制度にいろいろな穴があいたままの見切り発車だった。

続きはアゴラサロンでどうぞ(初月無料)

子供は「刺激の貧困」の中でどうやって急速に言葉を覚えるのか

ことばをつくる―言語習得の認知言語学的アプローチ
20世紀の哲学や人文科学の潮流を言語論的転回と呼んだのはローティだが、その言語中心主義の頂点がチョムスキーの生成文法だった。そこでは言語の本質は人類に共通の普遍文法で、それを発見することが言語学の使命だったが、それから70年たっても普遍文法は見つからない。

子供の言語習得については刺激の貧困と呼ばれる問題があり、子供が親の貧困な語彙を聞くだけで短期間に話せるようになるのは、脳内にあらかじめ普遍文法をもっているからだというのがチョムスキーの仮説だった。しかしトマセロはこの仮説を多くの実験結果をもとにして全面的に否定する。

子供の刺激は貧困ではない。与えられる音声や映像の刺激は膨大で、子供はそこから家族の顔や習慣などを覚えていく。言葉もそういう習慣の一つである。それは体系的な普遍文法を応用するのではなく、多くの試行錯誤の中で断片的な言葉を徐々に長い文にしてゆく

試行錯誤で正解に近づく上で重要なのは、意図の共有である。最初はカタコトを発している子供が、1歳ぐらいで空気を読んで親の言葉をまねるようになる。これは他の霊長類にはない能力で、大規模言語モデル(LLM)で言葉の意味を文脈から推測するのと似ている。

もう一つはパターンの発見である。親の言葉を繰り返し聴いているうちに、そこに同じパターンを見つけてまねるようになる。ここには句構造や生成規則などのルールはなく、繰り返しの中から共通のパターンを推測する。これもLLMがパターンを見つけるのと同じだ。

続きは5月12日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

賃金デフレを生んだ原因は「ゾンビ社員」を守る労働組合だった



長期金利が連日、史上最高を更新し、きょうは40年債の価格が50円を割った。この原因は消費減税の大合唱で、遠からず石破政権も減税を検討するという観測が出ているからだろう。インフレのとき全野党が減税を大合唱する光景をみると、日本は資本主義の後進国だと痛感する。

物価を考える デフレの謎、インフレの謎 (日本経済新聞出版)
本書も黒田総裁以来の異次元緩和を振り返り、日本の特殊性を強調している。日本の「デフレ」が20年以上も続いた原因は、資本主義の常識では理解できない。その原因は、ひとことでいうと自粛だという。

デフレの中で賃上げすると企業収益が悪化するので、労働組合は賃上げ要求を自粛する。このため企業は値上げを自粛し、横並びの価格より少しでも値上げするとパッタリ売れなくなるので値上げしない…という悪循環になる。

これはよくある説明だが、そもそも労組がなぜ賃上げ要求を自粛するのかがわからない。労働生産性が低いならわかるが、日本の労働生産性上昇率はG7の平均程度だ。これが河野龍太郎氏も取り組んだ「デフレの謎」である。

著者の答は財界の賃上げ自粛要求である。1995年に日経連が出したレポート「新時代の日本的経営」では、日本の賃金がドルベースで世界最高になったことを指摘し、中国に比べて日本の賃金が高いことが日本企業が国際競争力を失った原因だと主張して賃上げの自粛を求めた。これは事実だが、その悪循環が30年も続いたという説明には無理がある。

河野氏はその原因は資本家の「収奪」だというが、これも根拠薄弱だ。答はもっと単純だと思う。正社員ギルドである労組は雇用を守るために賃上げを自粛し、企業は中高年の正社員の雇用を守るために新規採用をやめてパートを雇ったのだ。それが就職氷河期の悲劇を生んだ原因でもある。続きを読む

左右ともに「属国ルサンチマン」を卒業しよう

江藤淳と加藤典洋 戦後史を歩きなおす
石破首相が「戦後80年談話」を出すつもりらしい。自民党内では反対が強いので「個人的なメッセージを出す」というが、首相が8月15日に出したら個人的なメッセージと思う人はいない。論理的にはいつまでも「戦後」だが、当事者でもない世代が戦争を反省する悪習は打ち止めにすべきだ。

江藤淳は60年安保のころは左翼だったが、アメリカに留学して押しつけ憲法に目ざめ、占領軍の言論統制を告発した。押しつけは事実だが、占領が終わって何十年たっても日本人が「WGIPに支配されている」というのは被害妄想である。

他方、加藤典洋は『敗戦後論』でこういう被害者意識を批判し、左翼が憲法を保守する一方、右翼がそれを革新しようとする「ねじれ」を指摘した。両者が共有していたのは日本が敗戦でアメリカの属国になったというトラウマだった。

左翼が陰謀史観をくり返す一方、右翼が男系天皇や夫婦別姓などの些細な問題にこだわるのも、こういう昭和老人のルサンチマンに迎合するつもりだろうが、今の若い世代には何のことかわからないだろう。

続きは5月12日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

日銀当座預金にはなぜ金利がついているのか

はじめての日本国債 (集英社新書)
橋下徹さんの「通貨発行益」をめぐる謎理論には批判が殺到しているが、これは日本の財政・金融を勉強するいい機会だ。本書は国債の入門書だが、日本の金融市場では国債のシェアが圧倒的に大きいので、金融システム入門でもある。

日銀当座預金は、一般人は使わないのでわかりにくい。まず引っかかるのは、当座預金になぜ金利がつくのかという疑問だ。これは準備預金であり、もともと金利はついていなかった。2008年にFRBがリーマン危機のあと大量に長期国債を買い、その資金が準備預金として戻ってきたので、法定準備率を超える超過準備に付利(IOER)をつけたのが始まりである。

かつて政策金利は短期国債の公開市場操作でコントロールしていたが、長期国債が500兆円にもなると短期国債では操作できない。そこで日銀も超過準備に金利をつけ、短期金利(無担保コール翌日物)の誘導目標としたのだ。付利を0.5%にすると短期金利との間に裁定が働き、0.5%に誘導できる。付利をゼロにしたら銀行が当座預金を引き出して短期市場に回し、資金市場は大混乱になる。

法定準備率以内の金利はゼロなので、日銀当座預金という名前はおかしくなかったが、超過準備に金利がつくようになっても名前を変えなかったので、リフレ派が「銀行へのお小遣いだ」などと難癖をつけ、橋下さんのような誤解も生まれる。当座預金という名前は変えたほうがいい。

法定準備率は日銀政策委員会が20%まで上げられるが、今は0.05~1.3%と非常に低い。海外の中央銀行では準備率の引き上げは普通だが、銀行の資金が日銀に固定されるので引き締め効果をもつ。このため引き上げには銀行業界が反対するが、日銀が1991年から上げていないのはよくない。

続きは5月5日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

すべての生物はつねに死んでいる

Why We Die(ホワイ・ウィ・ダイ) 老化と不死の謎に迫る (日本経済新聞出版)
生物はなぜ死ぬのか。これは定義の問題である。バクテリアなどの単細胞生物は全体を一つの生命体と考えると、栄養を補給できるかぎり死なないが、親細胞と(細胞分裂で生まれる)子細胞を区別すると、親細胞は死ぬ。

細胞レベルではすべての生物は新陳代謝するので、つねに死んでは生き返っている。人間の体細胞も一定の期間で死ぬようにプログラムされているので、1年もたてば(神経や心筋以外の)すべての細胞は入れ替わる。物理的には、昨年のあなたと今のあなたは別の生物である。

では「生きている」とは何か。それは細胞が入れ替わっても不変の本質があるからだ。生命の本質が遺伝子(DNAの塩基配列)だとすれば、親が死んでも生殖細胞の遺伝子が子に受け継がれると、生命は(半分)継承される。死ぬのはその乗り物である肉体だけだ。

しかし進化の歴史の中で生存競争に生き残るのは長く生きる個体だとすると、早く死ぬ個体は淘汰され、生物の寿命はどんどん長くなってもいいはずだ。ところが(単細胞生物は別として)動物の寿命は一定で、人間も130歳以上生きた人はいない。一定の年齢で死ぬのはなぜか。

続きは5月5日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)

アメリカ社会の格差を拡大したのは何か

競争なきアメリカ――自由市場を再起動する経済学
トランプ関税は支離滅裂だが、彼が見ているのは重要な問題である。アメリカの成長率は高く、平均所得は上がっているが、格差は拡大した。トランプ政権の中心、イーロン・マスクの資産は3300~3700億ドルで世界一、ラトニック商務長官は20~40億ドル、ベッセント財務長官は7~13億ドルと推定されている。

このような富の集中は最近の現象である。図のように2000年にはトップ10%の資産はGDPの約60%だったが、2019年には72%になった。これを逆転し、アメリカを「再工業化」しようというのがトランプ政権の発想だが、それは時代錯誤である。

スクリーンショット 2025-04-26 223803
富の分配の推移(Business Insiderより)

グローバリゼーションで世界の格差は縮小し、最貧層の人口は大きく減った。それを逆転することはできないが、格差は自然現象ではない。その一つの原因はここ20年の上位企業の独占度の増加である。これによって利潤率が上がり、上位企業のシェアが高まった。

スクリーンショット 2025-04-26 224626
企業集中度の推移(本書より)

これは全業種に見られる現象で、その原因はレーガン政権以来の新自由主義である。独占企業を規制するのではなく、新規参入の余地があればよいとするシカゴ学派の独禁政策が主流になり、マイクロソフト訴訟のような独禁訴訟で司法省が敗れた。

続きは4月28日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)


スクリーンショット 2021-06-09 172303
記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
Creative Commons
  • ライブドアブログ