今週からnoteで週刊池田信夫という連載をスタートした(メルマガも同じ内容)。その一つの動機は、今の状況が1990年代の初めと似ているからだ。



共通点は、バブルが崩壊し始めてからも人々はしばらくそれに気づかないということだ。バブルの象徴といわれるジュリアナ東京が開業したのは1991年5月。株価はピークから3割ぐらい下がっていたが、公示地価はまだピークのままだった(図1)。


図1


それが循環的な景気後退ではなく、バブル崩壊だと認識されたのは、1992年に公示地価が下がり始めてからだ。この年の11月に、私は「追跡・不良債権12兆円」というNHKスペシャルをつくったが、当時は不良債権という言葉さえ知られていなかった。

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