バブルが続いているときは、誰もそれをバブルとは思わない。日本でバブルという言葉が使われるようになったのは、1990年に株価が下がり始めてからだ。地価が下がり始めたのは1991年からで、バブルの象徴として有名なジュリアナ東京が開業したのは、1991年5月である。

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ジュリアナ東京

私が最初に地価上昇の番組をつくったのは1985年で、「神田の古本屋街に地上げ屋という恐いおじさんが出入りしている」という話題ものだった。そのころはまだ珍しかった地上げ屋が古本屋を買収して神保町を大オフィス街に改造しようとしたのだが、その途中でバブルが崩壊して失敗した。

80年代後半に地上げ屋が最大の猛威をふるったのは、西新宿6丁目だった。当時は都庁が西新宿に移転してから再開発が進んでいたが、ビルの谷間に平屋の木造家屋が密集し、権利関係が複雑で用地買収が進んでいなかった。

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再開発前の西新宿6丁目

そこに登場したのが、最強の地上げ屋、最上恒産だった。1986年の申告所得は前年度の380倍の186億円になり、業界を驚かせた。会長の早坂太吉は、エセ同和の尾崎清光を病院で殺した容疑者で逮捕され、無罪になったが、その前科を売り物にしていた。

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