
このツイートが600万インプレッションを超えた。今年はちょうどスーパーマリオブラザーズの40周年なので、ファミコン初期の思い出を動画で話した。
ファミコンがなぜあれほど大ヒットしたのかについては諸説あるが、最大のポイントは価格だろう。当時はパソコンが出始めた時期で、20万円から30万円した時代に、ファミコンは1万5000円という破格の価格設定をした。CPUはアップル2と同じ6502という本格的な8ビット機である。
採算分岐点は350万台という任天堂始まって以来の大プロジェクトで、メインバンクの京都銀行は強く反対したが、山内社長は「わしの会社やから失敗したらわしが責任をとる」といって強行した。
この無謀ともみえる価格設定には、実はしたたかな計算があった。本体は1万5000円だが、ゲームソフトの入っているROMは5000円と高かったのだ。ゲームを書き込む白ROMは任天堂がゲームメーカーに2000円ぐらいで卸したので、本体の何倍も売れるROMが収益源だった。
このROMは任天堂が独占的に供給し、コピーできないので、子供がゲームをするには高いROMを買うしかなかった。これはプリンタ本体を安く売ってインクカートリッジを高く売るプリンタと同じ商法だが、任天堂がパイオニアだった。
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