
とっくに墓場に入ったと思っていたリフレ派が、こっそり墓場から戻ろうとしているようだ。山形浩生は「アベノミクス/黒田日銀でインフレ期待政策が実現し、消費税を引き上げるまでは景気回復が実現した」と臆面もなく嘘をついているので、彼が翻訳した2014年のクルーグマンの論文を引用しておこう。
1998年当時、私は日本の苦境を目の当たりにし、日銀が本気で取り組めばデフレを必ずや終わらせられると信じていた。IS-LM理論ではそうではないが、本当に注意深く検討すれば、例えばマネタリーベースを倍増すれば、たとえゼロ金利制約下であっても、必ず物価が上昇することを示すことができると確信していた。
そこでミニマリストのニューケインジアンモデルを用いてこの点を示すことにした。驚いたことに、モデルは実際には、ゼロ金利制約下においては現在のマネーサプライの規模は全く重要ではないと示していた。
マネーサプライを倍増すれば最終的には物価水準も倍になるというのは根本的な洞察だと思うかもしれないが、モデルが実際に示しているのは、現在のマネーサプライと将来のすべてのマネーサプライを倍増すれば物価は倍になるということだ。
短期金利が現在ゼロであれば、将来のマネーサプライを変えずに現在のマネーサプライを変えること、つまり期待インフレ率を上げることは全く意味がない。
その結果、金融政策の効果は明白とは程遠いものだ。中央銀行は今マネタリーベースを変えることはできるが、将来インフレが高まった際にマネー拡大を覆さないと約束できるだろうか?
自明ではない。そして確かに、将来のインフレに直面してもマネー拡大を覆さないと、無責任であることを確信を持って約束することは、経済が低迷している時に単に行動を起こすよりはるかに難しいのだ。
クルーグマンの「反緊縮」は正しかった
これは2014年の論文で、その後クルーグマンは金融政策を論じるのをやめ、オバマ政権の財政政策が足りないと繰り返し批判した。それはここに書いた理由にもとづいて、マネタリーベースの拡大で景気を回復させるには限界があるからだ。バーナンキの拡張的な金融政策は、銀行の大規模な資本増強で資金繰り危機を防ぐ効果はあったが、貸し出しはまったく増えなかった。それは当然だ。資金需要が大幅に落ち込んでいるとき、資金供給を増やしても、それはFRBに「ブタ積み」になるだけだった。
だから必要なのは資金供給ではなく、資金需要つまり連邦政府の財政支出を増やすことだった。しかしアメリカ政府は銀行救済で巨額の財政赤字を抱えていたので、多くの経済学者はオバマ政権の銀行救済に反対した。
この傾向は欧州で特に強く、ECBはギリシャに追加融資しないでデフォルトに追い込み、おかげでEU全体に大不況が拡大した。この緊縮政策が誤っていたことは明らかで、クルーグマンの反緊縮政策は正しかったのだ(今の日本はまったく状況が違う)。
ふたたび金融政策の時代か?
理論的にいうと、クルーグマンの議論は中央銀行がインフレ予想を生み出せるかという問題である。ニューケインジアン理論では、将来の予想インフレ率は実質的に独立変数なので、日銀総裁が決めれば決まるはずだが、実際にはそうならなかった。それはクルーグマンもいうように、無限の将来にわたってインフレを続けることは不可能だからである。この難点を回避するために日銀は、インフレ目標を超えても一定期間オーバーシュートを許す時間軸政策を考えた。
これを発案したのは日銀の植田審議委員だったので、今の植田総裁は時間軸政策の最中かもしれないが、「基調的インフレ率」という曖昧な目標は、非裁量的な数値目標というインフレ目標の特長を台なしにするものだ。
クルーグマンの論文から理論的に考えると、今はゼロ金利制約がなくなったので、金融政策で物価と景気をコントロールできるはずだ。もはや日銀が「無責任であることにコミットする」必要はなく、金利を引き上げて物価を抑制すべきだ。


