長期金利が連日、史上最高を更新し、きょうは40年債の価格が50円を割った。この原因は消費減税の大合唱で、遠からず石破政権も減税を検討するという観測が出ているからだろう。インフレのとき全野党が減税を大合唱する光景をみると、日本は資本主義の後進国だと痛感する。
本書も黒田総裁以来の異次元緩和を振り返り、日本の特殊性を強調している。日本の「デフレ」が20年以上も続いた原因は、資本主義の常識では理解できない。その原因は、ひとことでいうと自粛だという。
デフレの中で賃上げすると企業収益が悪化するので、労働組合は賃上げ要求を自粛する。このため企業は値上げを自粛し、横並びの価格より少しでも値上げするとパッタリ売れなくなるので値上げしない…という悪循環になる。
これはよくある説明だが、そもそも労組がなぜ賃上げ要求を自粛するのかがわからない。労働生産性が低いならわかるが、日本の労働生産性上昇率はG7の平均程度だ。これが河野龍太郎氏も取り組んだ「デフレの謎」である。
著者の答は財界の賃上げ自粛要求である。1995年に日経連が出したレポート「新時代の日本的経営」では、日本の賃金がドルベースで世界最高になったことを指摘し、中国に比べて日本の賃金が高いことが日本企業が国際競争力を失った原因だと主張して賃上げの自粛を求めた。これは事実だが、その悪循環が30年も続いたという説明には無理がある。
河野氏はその原因は資本家の「収奪」だというが、これも根拠薄弱だ。答はもっと単純だと思う。正社員ギルドである労組は雇用を守るために賃上げを自粛し、企業は中高年の正社員の雇用を守るために新規採用をやめてパートを雇ったのだ。それが就職氷河期の悲劇を生んだ原因でもある。
社内失業者を守る「正社員ギルド」
日本の名目賃金は1995年に1ドル=80円の円高で瞬間的に世界最高になったが、実質賃金の成長率はOECDの最下位グループである。賃金は労働市場の需給(実質ベース)で決まるので、1990年代なかばの錯覚がその後も続くことは考えられない。
この点は著者も自信がなさそうで、これは早川英男氏の説だとしている。彼の説明は不良債権処理の終わる2000年代なかばぐらいまではわかるが、それ以降の実質賃金の停滞を説明できない。特に2010年代に世界金融危機で日本よりはるかに大きなダメージを受けたアメリカやEU諸国より日本の実質賃金の伸びがはるかに低いのは異常である。
この原因は、本書も指摘している企業・雇用のゾンビ化である。企業については、日銀の異常な量的緩和でゼロ金利が10年以上続き、業績不良の中小企業が淘汰されなくなった。同時に社内失業した正社員を飼い殺しにする雇用調整助成金で、完全失業率は3%前後と低かったが、非正規雇用は4割になった。
この背景には、解雇を事実上禁止する日本の労働法制がある。特に解雇の金銭解決に連合が強く反対し、厚労省や日弁連などがこれを支援したため、大企業では定年まで解雇できない状態が続いている。この規制を緩和しようとした安倍政権は挫折し、自民党総裁選で解雇規制を争点にした河野太郎氏や小泉進次郎氏は落選した。
2022年以降、日本がデフレを脱却したように見えると本書はいうが、この賃金デフレが解決していない以上、インフレ→賃金上昇→インフレという好循環になるとは考えにくい。この30年間の停滞の元凶は、正社員の既得権を守るために金銭解雇に頑強に反対して多くの若者をフリーターにし、賃上げを自粛してきた連合と厚労省である。