チャットGPTなどの生成AIのコアは大規模言語モデルだが、それが飛躍的に進歩したのはトランスフォーマーというシステムが2017年に提案されてからだ。

その原理は、次の動画も説明するように次の単語を予測するという単純作業をくり返しているだけだ。なぜそれによってこれほど人間に似た言語処理ができるのだろうか?

Transformerは「次の単語を予測する」という単純な学習原理を持ちながらも、高度な言語理解を実現できる。たとえば「日本の首都は」という文に続く言葉(トークン)は何か、といった穴埋め問題を果てしなく解くのだ。

attention

この単純な原理でちゃんとした文章が書ける理由は、スケールの効果、自己回帰的学習、アテンション機構の強力さにある。以下に、それぞれの要因を詳しく解説する。

1. スケールの効果

  • Transformerは、大量のデータと計算リソースを用いることで、膨大な知識を統計的に学習できる。GPT-3は1750億のパラメータをもつ。
  • 事前学習(pre-training)では、何十億もの単語から膨大なパターンを学習し、それをファインチューニングによって特定のタスクに適用する。
  • パラメータ数が増えることで、単純な「次の単語の予測」タスクが高度な概念理解に発展する。
  • スケールが質を生む:近年の研究(Scaling Laws)によれば、モデルサイズ・データ量・計算量を増やすと、モデルの性能が予想以上に向上することが分かっている。つまり、単純なタスクでも十分なデータと計算力があれば、複雑な推論が可能になる。

2. 自己回帰学習

  • Transformerは、自己回帰モデル(Autoregressive Model)として機能し、過去のトークンをもとに次の単語を予測する。
  • 一見すると「単語の予測」に過ぎないが、次の単語を決定するためには、文脈全体の理解が必要になる。
  • その結果、意味の一貫性や長期的な文脈の保持が可能になる。
  • 「局所的なルール」から「全体的な意味」へ:単語の予測は、単純な確率モデルではなく、「前後関係」や「文脈依存性」を強く持つ。これにより、Transformerは長い文章の意味を保持しながら、適切な次の単語を生成できる。

3. アテンション機構

Transformerの最大の特徴は、自己注意機構(Self-Attention)を用いる点にある。この仕組みがあることで、従来のRNNやLSTMでは難しかった以下の点が解決された。
  • 長距離依存関係の学習: RNNやLSTMは、情報を逐次処理するため、遠くの単語との関係を保持しにくい(勾配消失問題)。
  • すべての単語を並列処理し、重要な単語間の関連性を動的に学習する。例えば、「犬が走る。彼は速い。」という文章では、「彼」が「犬」を指すことをアテンションが正しく認識する。
  • 並列処理による効率化:RNNは前の単語を計算してから次に進むため、並列処理ができなかった。Transformerは全ての単語を一度に処理できるため、学習速度が飛躍的に向上する。

トランスフォーマーの動作はなぜ脳に似ているのか

Transformerはグーグルのチームが"Attention Is All You Need"という論文で発表したもので、もとは翻訳のためのエンジンだった。そのコードはオープンソースで公開され、GPT-4やGeminiなどもこれを使っている。

その特徴は、文法や辞書といった従来の言語学の概念を無視し、文脈からパターンを推定するという機能に徹したことにある。これは数万ぐらいのパラメータではランダムな文字列を返すが、それが1億を超えるとべき乗則で精度が上がる。それはなぜだろうか。

分布のパターン学習

Transformerは事前学習で、大量のデータから言語の統計的パターンを学習する。その結果、「次の単語の予測」だけで以下のような高度なタスクも処理できる。
  • 知識の蓄積
    • 「東京は日本の…?」→「首都」
    • 「ニュートンは重力の…?」→「法則を発見した」
    大量のテキストを学習することで、事実や概念の知識を統計的に獲得している。
  • 推論能力
    • 「もし雨が降ったら、地面は?」→「濡れる」
    • 「ジョンがピザを食べた。彼はお腹が?」→「いっぱい」

    単なる統計的な関連ではなく、因果関係や論理的な推論もできるようになる。

文章の意味の理解

  • 「これはとても美しい映画だった!」という文章が「ポジティブな感情」を示していることを認識可能。
  • 「統計的な言語モデル」だが、意味的な推論が可能になる:大量のデータと強力なモデルが組み合わさることで、単なる単語の予測ではなく、知識や推論の能力が発現する。
  • スケールが知能を生む:単純なタスクでも十分にスケールさせれば「高度な知能」に近づく。これは近年の「スケールが知能を生む」というAI研究のトレンドを象徴している。

自己注意機構と脳の注意制御

  • Transformerの自己注意機構は、入力全体を見渡しながら、重要な情報に重点を置く働きをする。
  • 脳も、注意メカニズム(例:選択的注意)を使い、特定の情報を強調し、重要でない情報を無視する。
  • 例えば、会話中に重要な単語やフレーズに集中することで、文脈を理解しやすくするのは、人間の脳とTransformerの共通点の一つ。
分散表現(embeddings)と概念の圧縮
  • Transformerは、単語やフレーズを高次元のベクトル空間にマッピングし、類似する概念を近くに配置する。
  • 脳も、意味的に類似した概念を関連付ける形で情報を符号化している(例:意味ネットワーク)。
  • これにより、Transformerは「りんご」と「果物」が近い関係にあることを学習し、脳の概念的な処理と似た結果を生み出す。

系列データの処理と予測

  • Transformerは系列データ(文の流れ)を処理し、次に来る単語を予測する能力に優れている。
  • 人間の脳も、言語を聞いたり読んだりするとき、無意識のうちに次に来る単語や意味を予測する。
  • 例えば、「私は昨日…」と聞いたときに、脳は「映画を見た」「仕事をした」といった可能性のあるフレーズを推測する。

階層的な情報処理

  • Transformerは、入力情報を多層の処理(マルチヘッド注意層やFFN層)を通して段階的に抽象化する。
  • 人間の脳も、視覚や言語情報を処理する際に、低レベルの情報(単語や音)から高レベルの情報(文脈や意味)へと階層的に抽象化する。
  • これは、脳の視覚野(V1→V2→V4)や言語処理領域(聴覚野→ウェルニッケ野→ブローカ野)の情報処理の流れと類似している。

試行錯誤による学習

  • Transformerは、訓練データを用いた試行錯誤的な学習(確率的勾配降下法など)を行い、誤差を減らすことで改善される。
  • 人間の脳も、試行錯誤を通じて学習し、間違いを修正しながら成長する。
  • 特に、強化学習的な学習(報酬に基づく調整)や、誤り訂正のメカニズムがTransformerと脳の学習方法の類似性を高めている。
Transformerの動作原理は、神経細胞やシナプスの物理的な仕組みとは異なるが、統計的学習、注意制御、分散表現、系列データ処理、階層的情報処理、試行錯誤学習といった情報処理の原理において脳と共通する部分が多いため、「脳に似た」動作をするように見える。

これは「脳がどのように動作するか」を直接模倣しているわけではなく、「効率的に言語や情報を処理する最適解」に近づいた結果として、脳の働きと似た振る舞いを示しているといえる。したがってトランスフォーマーが知能をもっているとはいえないが、それは機械学習にとってはどうでもいい問題である。