夫婦別姓や男系天皇をめぐるくだらない論争をみていると、日本の保守派にはそれぐらいしかアイデンティティのよりどころがなくなったのだと思う。日本の伝統とは何かという論争は明治以来ずっと続いてきたが、ここまで劣化したのは感慨深い。
この問題を初めて本格的に論じたのが京都学派だった。明治以降、仏教や儒教は捨てられ、難解な近代哲学が輸入されたが、ほとんどの日本人は理解できなかった。そんな中で西田幾多郎や田辺元は「日本の哲学」を構想し、京大四天王と呼ばれた西谷啓治、高坂正顕、高山岩男、鈴木成高などは論壇の主役となった。
彼らの研究テーマは当時の最新ファッションだったフッサールやハイデガーで、その研究としてはレベルが高かったが、解釈学を超えるものではなかった。そこで京都学派は西洋近代を超えるオリジナルな哲学を構想したが、その概念装置としたのが仏教の「空」の思想だった。
ところが京都学派は戦時中、『近代の超克』や『世界史的立場と日本』などの時局迎合的な本を出し、戦後は公職追放された。このように近代を批判する思想が全体主義に合流してしまう点も、ハイデガーと似ている。それはなぜだろうか。
続きは12月9日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)
この問題を初めて本格的に論じたのが京都学派だった。明治以降、仏教や儒教は捨てられ、難解な近代哲学が輸入されたが、ほとんどの日本人は理解できなかった。そんな中で西田幾多郎や田辺元は「日本の哲学」を構想し、京大四天王と呼ばれた西谷啓治、高坂正顕、高山岩男、鈴木成高などは論壇の主役となった。
彼らの研究テーマは当時の最新ファッションだったフッサールやハイデガーで、その研究としてはレベルが高かったが、解釈学を超えるものではなかった。そこで京都学派は西洋近代を超えるオリジナルな哲学を構想したが、その概念装置としたのが仏教の「空」の思想だった。
ところが京都学派は戦時中、『近代の超克』や『世界史的立場と日本』などの時局迎合的な本を出し、戦後は公職追放された。このように近代を批判する思想が全体主義に合流してしまう点も、ハイデガーと似ている。それはなぜだろうか。
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