雇用改革の話をすると、よく出てくるのが「それはジョブ型雇用の話ですか」という質問だ。これは英語に訳すとjob employmentで、英米人には何のことかわからないだろう。こんな変な概念を使うことが混乱の原因だ。その発案者が著者で、ジョブ型の対義語はメンバーシップ型だというが、これは対義語になっていない。
メンバーシップ(長期的関係)という言葉を最初に使ったのは私の『情報通信革命と日本企業』だが、そこではこの対義語はオーナーシップ、つまり資本の所有権にもとづく契約である。民法では契約自由の原則によって、労使のどちらかが解約すれば雇用契約は終了する。
日本でも、解雇は原則として自由なのだ。これを著者は「ジョブ型」だというが、そんなことはどこにも書いてない。これは契約ベースの雇用であり、日本的な長期的関係を前提としていない。
ここでは資本家と労働者は対等だが、資本の所有権は資本家にあるので、契約が終了すると労働者は職を失う。このオーナーシップの非対称性によって資本家は労働者に命令できるが、労働者の生活は不安定になる。それを救済するため労働基準法の改正で解雇ルールを法制化しようとした。
ところが労使とも改正に反対したため、2003年にその例外となる解雇権濫用法理だけが法制化された。その後も解雇ルールは整理解雇の4要件という判例のまま、今日に至っている。これが自民党総裁選で小泉進次郎氏が勘違いした「解雇規制」である。
ここで長期的関係のコアとなるのは無期雇用、すなわち定年まで解雇しないという約束である。これは明文の契約ではないが、暗黙のうちに了解されている。これによって業務がなくなっても他の業務に配置転換できるが、企業業績が悪化しても人員整理できない。
最近は日立など「ジョブ型雇用」に切り替える企業が出ているが、このような雇用保障があるままでは意味がない。日立の場合は新規採用で職務記述書を明記し、社員も職務に応じて給料やポストを決めるが、職務がなくなっても解雇できないからだ。ただ海外法人と人事の整合性がとれるようになるので、海外に配置転換すれば解雇できる。
他方、中小企業は今も解雇自由の原則で、解雇手当30日分だけで解雇している。これはジョブ型ではなく、解雇しないと会社が消滅する場合には、整理解雇の4要件に当てはまるからだ。労働者も訴訟を起こす金がないので泣き寝入りになる。
これを裁判ではなく労使の合意で解雇するルールをつくろうというのが解雇ルールだが、労働組合だけでなく、中小企業も反対した。金銭解決の補償金が半年~1年と解雇手当より高いからだ。
だからメンバーシップ型の長期雇用と弱い所有権は補完的な関係にある。景気が悪くなったら下請けを切ればいいのだが、下請けを子会社にしていると切れない。出向・転籍できると整理解雇の条件に引っかかるので、資本関係はないことが望ましいのだ。
他方、英米型資本主義では契約ベースの雇用と強い所有権が一般的で、長期雇用は一部の幹部だけである。雇用と所有権はは複数均衡で、ある時期に初期条件が決まると、それに依存して以後の経路が決まる。
戦後の日本では「人口ボーナス」とアメリカからの技術移転のおかげで、つねに右肩上がりの成長が可能だったので、全社員と長期的関係を保つメンバーシップが可能だったが、こういうシステムは成長が止まると維持できなくなる。
無理に雇用を維持すると業績が悪化し、それによって賃金が低下し、それによって人手不足になり、業績がさらに悪化する悪循環になる。今の日本経済は、そういう状態が30年以上続いている。
だからいま日本の直面している問題は、オーナーシップを基本にした「普通の資本主義」になることである。正社員は廃止し、雇用契約には期限を切り、期限の定めのない場合には金銭解決する。それによって中途採用のコストも低くなるので、雇用が流動化する。
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ジョブ型正社員のイメージ(厚労省)
これは複数均衡のもう一つの均衡にジャンプする改革なので、中途半端にやるとかえって悪化する。厚労省の推進しているジョブ型正社員は「悪いとこ取り」で、ジョブ型で専門家を雇うとジョブがなくなっても解雇できないので余剰人員になってしまう。
だから小泉氏のように整理解雇の要件だけつまみ食いしても意味はない。必要なのは政府が長期的展望を示して、雇用を契約ベースにする方向性を打ち出し、金銭解決など雇用を流動化する制度を体系的に整備することだ。
メンバーシップ(長期的関係)という言葉を最初に使ったのは私の『情報通信革命と日本企業』だが、そこではこの対義語はオーナーシップ、つまり資本の所有権にもとづく契約である。民法では契約自由の原則によって、労使のどちらかが解約すれば雇用契約は終了する。
民法627条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。 この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。
日本でも、解雇は原則として自由なのだ。これを著者は「ジョブ型」だというが、そんなことはどこにも書いてない。これは契約ベースの雇用であり、日本的な長期的関係を前提としていない。
ここでは資本家と労働者は対等だが、資本の所有権は資本家にあるので、契約が終了すると労働者は職を失う。このオーナーシップの非対称性によって資本家は労働者に命令できるが、労働者の生活は不安定になる。それを救済するため労働基準法の改正で解雇ルールを法制化しようとした。
ところが労使とも改正に反対したため、2003年にその例外となる解雇権濫用法理だけが法制化された。その後も解雇ルールは整理解雇の4要件という判例のまま、今日に至っている。これが自民党総裁選で小泉進次郎氏が勘違いした「解雇規制」である。
メンバーシップ型雇用は限界だ
経済学の言葉でいうと、メンバーシップは長期的関係である。これは繰り返しゲームとして理解でき、正社員としての雇用保障が強いほど、組織を裏切るインセンティブがなくなる。これはレントなのですべての労働者には保障できないが、その代わり配置転換は拒否できない。ここで長期的関係のコアとなるのは無期雇用、すなわち定年まで解雇しないという約束である。これは明文の契約ではないが、暗黙のうちに了解されている。これによって業務がなくなっても他の業務に配置転換できるが、企業業績が悪化しても人員整理できない。
最近は日立など「ジョブ型雇用」に切り替える企業が出ているが、このような雇用保障があるままでは意味がない。日立の場合は新規採用で職務記述書を明記し、社員も職務に応じて給料やポストを決めるが、職務がなくなっても解雇できないからだ。ただ海外法人と人事の整合性がとれるようになるので、海外に配置転換すれば解雇できる。
他方、中小企業は今も解雇自由の原則で、解雇手当30日分だけで解雇している。これはジョブ型ではなく、解雇しないと会社が消滅する場合には、整理解雇の4要件に当てはまるからだ。労働者も訴訟を起こす金がないので泣き寝入りになる。
これを裁判ではなく労使の合意で解雇するルールをつくろうというのが解雇ルールだが、労働組合だけでなく、中小企業も反対した。金銭解決の補償金が半年~1年と解雇手当より高いからだ。
雇用と所有権には補完性がある
日本企業の長期的関係は、雇用だけではなく親会社と下請けとの関係にもあり、それが自動車などの複雑なコーディネーションを必要とする業種で強みを発揮する。大企業が雇用のバッファとして下請けを使い、下請けは自由に従業員を解雇するのだ。このような多重下請け構造は戦前からあり、企業グループ全体でリスクをプールするしくみである。だからメンバーシップ型の長期雇用と弱い所有権は補完的な関係にある。景気が悪くなったら下請けを切ればいいのだが、下請けを子会社にしていると切れない。出向・転籍できると整理解雇の条件に引っかかるので、資本関係はないことが望ましいのだ。
他方、英米型資本主義では契約ベースの雇用と強い所有権が一般的で、長期雇用は一部の幹部だけである。雇用と所有権はは複数均衡で、ある時期に初期条件が決まると、それに依存して以後の経路が決まる。
戦後の日本では「人口ボーナス」とアメリカからの技術移転のおかげで、つねに右肩上がりの成長が可能だったので、全社員と長期的関係を保つメンバーシップが可能だったが、こういうシステムは成長が止まると維持できなくなる。
無理に雇用を維持すると業績が悪化し、それによって賃金が低下し、それによって人手不足になり、業績がさらに悪化する悪循環になる。今の日本経済は、そういう状態が30年以上続いている。
「ジョブ型正社員」は悪いとこ取り
そういう中で大企業のホワイトカラーだけ長期雇用や年功序列を守ると、雇用関係そのものを切って契約ベースで働かせる非正社員が増える。それ自体は必ずしも悪くないが、中核的な労働者まで非正社員になると技能が蓄積せず、ホワイトカラーの生産性がさらに落ちる。だからいま日本の直面している問題は、オーナーシップを基本にした「普通の資本主義」になることである。正社員は廃止し、雇用契約には期限を切り、期限の定めのない場合には金銭解決する。それによって中途採用のコストも低くなるので、雇用が流動化する。

ジョブ型正社員のイメージ(厚労省)
これは複数均衡のもう一つの均衡にジャンプする改革なので、中途半端にやるとかえって悪化する。厚労省の推進しているジョブ型正社員は「悪いとこ取り」で、ジョブ型で専門家を雇うとジョブがなくなっても解雇できないので余剰人員になってしまう。
だから小泉氏のように整理解雇の要件だけつまみ食いしても意味はない。必要なのは政府が長期的展望を示して、雇用を契約ベースにする方向性を打ち出し、金銭解決など雇用を流動化する制度を体系的に整備することだ。



