異次元緩和の罪と罰 (講談社現代新書)
高市早苗氏の「日銀が金利を上げるのはあほや」という発言が話題になっているが、このように利上げをきらい、財政バラマキを好むのは政治家の本能である。中央銀行がこういう政治的圧力を避けるために、いろんな非裁量的ルールが提案されてきた。

インフレ目標は1988年にニュージーランドで採用され、1990年代にイギリスやユーロ圏でも採用されたが、理論的根拠はない。理論的に最適な貨幣量は名目金利ゼロにたもつフリードマンルールだから、実質金利が正の場合は最適インフレ率は負である。

だから2%という数字にも根拠がなく、それは「景気後退のとき2%金利を下げる糊代をつくる」という実務的な理由で設定したものだ。しかし国によって基調的なインフレ率も成長率も違うのに、なぜ2%が「グローバルスタンダード」なのか、という質問に黒田前総裁は答えられなかった。

スクリーンショット 2024-09-24 021448

インフレ率は図のように1990年代後半以降(ここ3年を除いて)ほとんど2%を超えたことがなく、平均すると1%未満である。2%は明らかに高すぎたのだ。本書は2%という数字を絶対化するのはやめて、0~2%の「目途」に戻してはどうかと提案している。

インフレ目標から中立金利へ

そもそも中央銀行の政策手段は政策金利なのだから、それをインフレ率を基準にして決めるのは奇妙である。フリードマンは、インフレを実現する手段が多いので裁量的になるとして、インフレ目標を採用しなかった。

彼が提唱したk%ルールは「マネーサプライを毎年k%増やす」というものだが、うまく行かなかった。中央銀行はマネタリーベース(現金)をコントロールできるが、信用創造で生まれるマネーストックはコントロールできないからだ。

しかし今ではもっと洗練された基準がある。それが中立金利である。これは1990年代から流行した新ケインズ経済学(DSGE)でインフレにもデフレにもならない実質金利(自然利子率)であり、マクロ経済的には潜在成長率におおむね等しい。日本の中立金利は、2000年以降ほとんどゼロからマイナスだったのは、これで説明がつく。

これに予想インフレ率(BEI)を加えたのが名目中立金利で、日銀も最近はこれを参照している。今回の利下げについてのパウエル議長の声明でも、neutralという言葉が10回出てくる。

ただ中立金利の計算は複雑で、幅が大きい。日本の場合は自然利子率がゼロ程度、予想インフレ率が1程度なので、名目中立金利はざっくり1%ぐらいだろう。今の0.25%はインフレ的であり、1%まで上げるのが中立である。ただしそれを高市氏のような政治家が妨害するので、日銀が公式の中立金利を出してはどうだろうか。