弱い円の正体 仮面の黒字国・日本 (日経プレミアシリーズ)
1ドル=150円を切って「円高だ」と騒がれているが、これはおかしい。理論的には、円はもっと上がってもいいのだ。1ドル=145円でも、購買力平価(PPP)に比べると、まだ大幅な過小評価である。図のようにビッグマックインデックスでおなじみの消費者物価PPPは108円で、これに比べると名目為替レートは約25%弱い。

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図1 円の購買力平価(本書)

この理由は単純である。為替レートを決める要因の中で貿易収支の占める比重が低くなったからだ。アゴラでも紹介したように、2010年代以降は貿易収支が赤字基調なのに、経常収支は黒字である。為替レートを決めるのは貿易ではなく、投資なのだ。

著者も指摘するように、今の円安は黒田日銀の過剰な量的緩和がもたらした大規模な資本流出によるものだ。それは黒田総裁の意図だっただろうが、日本経済を強くする方向ではなく、産業空洞化で弱体化させる結果になった。グローバリゼーション自体は悪くないが、その副作用に配慮しないで超緩和を10年も続けたことが、植田総裁の重荷になっている。

円は理論的には割安

為替レートが何で決まるかについては諸説あるが、短期的には金利平価説が成り立つ。国際資本移動が完全で、為替レートによって国際的に実質金利(長期金利-予想インフレ率)が均等化すると想定すると、日米の実質金利差はなくなるはずだ。

アメリカの実質金利は約2%だが、日本はマイナス0.6%。円で借りてドルを買うキャリートレードで2.6%もうかるが、植田総裁が利上げしたので、日米の金利差が縮まって円高になった。理論的には、実質金利差がゼロになるまで円が上がるはずだ。

ところが図2のように日本の実質金利は一貫してアメリカより低く、金利差が開いた2022年から円安が急激に進行した。

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図2  日米の実質金利差(インベスコ)

この背景には、日米の中央銀行のスタンスの違いがあった。アメリカでは10%近いインフレが起こり、長期金利が5%を超えたが、日本は黒田総裁の超緩和を脱却できず、インフレ目標に呪縛されてゼロ金利とYCC(長短金利操作)による円安誘導を続けていた。このため海外ファンドの円キャリーが蓄積して150円を超える円安になった。

構造的な円安

もっと構造的な要因もある。これを著者は構造的円安と呼ぶ。その原因は、製造業の国際競争力や生産性など、もっと長期の要因である。

本書は日本を仮面の黒字国と呼ぶ。海外直接投資による所得収支で経常収支は黒字になっているが、生産も投資も海外で行なわれているので、その収益は国内に還元されていない。企業の国際競争力は落ち、知的財産権などのデジタル赤字が拡大し、旅行収支の黒字ではとても埋められない。

金利差で説明できない円安の背景には、企業だけでなく家計の円売りの増加もある。日本の家計金融資産の95%は円建てであり、それが1割でも外貨に変われば大きなインパクトをもつ。日本政府は新NISAなどの投資促進策で円安を加速しているので、今年1~5月には5.6兆円のドル買い越しを記録した。年間で11兆ドルになるとすると、2022年の経常収支黒字とほぼ同額である。

今後このようなキャピタルフライトが拡大すると円安が加速し、それが産業空洞化を促進するという悪循環が進む。これを防ぐには、まず利上げによって円安を止め、国内の非製造業の生産性の低さを克服する必要がある。