共産党などがよくいう「内部留保を取り崩して労働者に分配しろ」という話は、専門家には相手にされない。企業会計に内部留保という項目はないからだ。
しかし法人企業統計では内部留保を「利益留保、引当金、特別法上の準備金、その他の負債(未払金等)の調査対象年度中の増減額」と定義している。つまり内部留保は利益準備金などのフローの増加額なので、「内部留保550兆円」というのは誤りで、2022年度の内部留保は56兆円である。
問題はそこではなく、2010年代に内部留保のうち人件費や有形固定資産がほとんど増えず、投資有価証券が大きく増えたことだ。これは門間一夫氏のいう「その他固定投資」に含まれる。
企業の資産構成(法人企業統計)
法人企業統計は国内企業の決算を単純に合計したものだから、海外子会社の設備投資や人件費は含まれない。このため海外直接投資を含む総額が「内部留保」として過大に表示され、混乱のもとになっている。
これが大幅に伸びたのは、国内の決算に記載されない海外子会社への投資が伸びたためと思われるが、その内訳がはっきりしない。それは利益を生んだのだろうか。
これは企業会計では「特別損失」などとして計上されるので見えにくいが、それを合計すると、アベノミクス期の10年平均で0.59%しかない。株価(PER)は連結経常利益を見るので、大企業の株価は過大評価されている可能性がある。
だから内部留保=企業貯蓄と考えるのは誤りで、上の図のように企業の余剰資金は現金・預金より有価証券や直接投資のほうが多い。この原因は黒田日銀が大量に供給したマネタリーベースが国内投資ではなく、海外投資に向かったことだ。
それは円安になっても帰ってこなかった。外貨による収益は円に換算すると大きくなるので、海外法人の収益は海外に再投資され、日本よりはるかに安い法人税率で現地に納税されるが、連結経常利益は日本の本社で計算する。この企業会計と税務会計の違いが齟齬の原因である。
ここでは企業が貯蓄主体になって賃金を上げないことが停滞の原因なので賃上げが必要だという話になっているが、主流派の経済学の見方では賃金は労働生産性で決まる従属変数である。本書はこれも検討し、日本の賃金は労働生産性を下回っているという。
そういう乖離が起こるのはなぜか。一つの原因は、労働市場の不完全性による長期雇用プレミアムである。労働者からみると雇用保証のコスト、企業からみると解雇できないリスクの分だけ正社員の賃金は生産性より低くなるので、この乖離は雇用流動化で縮められる。
もう一つは日本の製造業が国際競争に敗れたことによる逆バラッサ=サミュエルソン効果と、国際的な賃金(単位労働コスト)の均等化である。これらはいずれもグローバリゼーションの結果であり、国内の賃上げでは解決しない。
政府がいまだに「デフレ」と呼んでいるのは、こうした産業空洞化による家計の貧困化である。問題は、海外に流出した富を国内にどうやって還元するかだが、著者もいうように家計が株式(特に海外投信)を保有することはその一つの方法だろう。
しかし法人企業統計では内部留保を「利益留保、引当金、特別法上の準備金、その他の負債(未払金等)の調査対象年度中の増減額」と定義している。つまり内部留保は利益準備金などのフローの増加額なので、「内部留保550兆円」というのは誤りで、2022年度の内部留保は56兆円である。
問題はそこではなく、2010年代に内部留保のうち人件費や有形固定資産がほとんど増えず、投資有価証券が大きく増えたことだ。これは門間一夫氏のいう「その他固定投資」に含まれる。
企業の資産構成(法人企業統計)
法人企業統計は国内企業の決算を単純に合計したものだから、海外子会社の設備投資や人件費は含まれない。このため海外直接投資を含む総額が「内部留保」として過大に表示され、混乱のもとになっている。
これが大幅に伸びたのは、国内の決算に記載されない海外子会社への投資が伸びたためと思われるが、その内訳がはっきりしない。それは利益を生んだのだろうか。
企業の海外投資は過剰
本書は意外なことに、海外直接投資はほとんど利益を生んでいないという。海外投資残高を海外資産で割った収益率は5~10%と高いのだが、これはキャピタルロスを含んでいない。これは企業会計では「特別損失」などとして計上されるので見えにくいが、それを合計すると、アベノミクス期の10年平均で0.59%しかない。株価(PER)は連結経常利益を見るので、大企業の株価は過大評価されている可能性がある。
だから内部留保=企業貯蓄と考えるのは誤りで、上の図のように企業の余剰資金は現金・預金より有価証券や直接投資のほうが多い。この原因は黒田日銀が大量に供給したマネタリーベースが国内投資ではなく、海外投資に向かったことだ。
それは円安になっても帰ってこなかった。外貨による収益は円に換算すると大きくなるので、海外法人の収益は海外に再投資され、日本よりはるかに安い法人税率で現地に納税されるが、連結経常利益は日本の本社で計算する。この企業会計と税務会計の違いが齟齬の原因である。
「デフレ」の正体は産業空洞化
その結果、国内の賃金は上がらず、最近のインフレで実質賃金は下がった。このように2010年代にプロビジネスのアベノミクスで家計から企業への所得移転が行なわれ、その資金の大部分が海外投資に回ったことが、家計が貧困化した原因だというのが本書の分析である。ここでは企業が貯蓄主体になって賃金を上げないことが停滞の原因なので賃上げが必要だという話になっているが、主流派の経済学の見方では賃金は労働生産性で決まる従属変数である。本書はこれも検討し、日本の賃金は労働生産性を下回っているという。
そういう乖離が起こるのはなぜか。一つの原因は、労働市場の不完全性による長期雇用プレミアムである。労働者からみると雇用保証のコスト、企業からみると解雇できないリスクの分だけ正社員の賃金は生産性より低くなるので、この乖離は雇用流動化で縮められる。
もう一つは日本の製造業が国際競争に敗れたことによる逆バラッサ=サミュエルソン効果と、国際的な賃金(単位労働コスト)の均等化である。これらはいずれもグローバリゼーションの結果であり、国内の賃上げでは解決しない。
政府がいまだに「デフレ」と呼んでいるのは、こうした産業空洞化による家計の貧困化である。問題は、海外に流出した富を国内にどうやって還元するかだが、著者もいうように家計が株式(特に海外投信)を保有することはその一つの方法だろう。