WEIRD「現代人」の奇妙な心理 上 経済的繁栄、民主制、個人主義の起源
選択的夫婦別姓をめぐる論争で、夫婦同姓が日本の伝統だという人がいるが、それは誤りである。日本の(武士の)姓は中国と同じく別姓だった。百姓には苗字がなかったが、一族で同じ「屋号」を使うことがあった。

これは中国が外婚制(イトコ婚を禁止)だったのに対して、日本は内婚制(イトコ婚を許す)だったためだ。ヨーロッパも古代には内婚制だったが、中世にローマ・カトリック教会(西方教会)が外婚制を決めた。

これがヨーロッパのWEIRD(Western, Educated, Industrialized, Rich and Democratic)な人々を生んだというのが著者の仮説である。多くの国でおこなった社会実験では、外婚制の比率とWEIRDに相関が強い。次の図の横軸が外婚制で、その歴史が長い国ほど個人主義の傾向が強い。東方教会(内婚制)の国では相関がない。

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しかし外婚制は本当に実施されていたのか。これについては否定的な歴史家が多い。共同体のメンバーがほとんど親族である集団で、その外に配偶者を見出すことは困難であり、ヨーロッパでも近親婚が厳格に禁止されていたわけではない。ダーウィンもアインシュタインもイトコと結婚した。

ただ外婚制の「開かれた社会」が、集団の規模に対してスケーラブルであることは間違いない。内婚制で親族集団の規範を維持できるのはたかだか数百人で、ローカルな祖先信仰では国家を維持できない。そういう集団は戦争で淘汰された。日本は幸運な例外だった。

ローマ・カトリック教会が一夫一婦制を決めた

外婚制の原則は、ヨーロッパだけではない。中国は古代から外婚制で、宗族という擬似親族集団が社会秩序のコアだった。そこでは同姓の人は同じ親族とみなされ、宗族は行政も法廷もある自治組織だった。

このような外婚制が個人主義的な「開かれた社会」を生み出す点は、中国にも共通している。ただ著者のいう「婚姻・家族プログラム」はイトコ婚の禁止以外に

 ・一夫多妻の禁止
 ・夫婦同姓
 ・養子縁組の禁止
 ・見合い結婚の禁止
 ・核家族の奨励
 ・財産の個人相続

を含むので、中国は該当しない。特に中国には核家族がなく、数万人の共同体家族を宗族の単位とする「父系氏族集団」だったので、それを統合する国家権力が強く、ヨーロッパのような共和制の国家は生まれなかった。

著者の理論が当てはまりそうなのは、古代から一貫して内婚制のイスラム圏である。そこでは親族集団がきわめて強いので、集団で行動する同調圧力が強く、宗教的規範が正しいかどうかを客観的に判断しない。イスラム教は普遍主義だが法と一体であり、判決は神の名において下されるので絶対である。

日本では内婚制の直系家族が「家」になった。公式には別姓だったが、百姓は屋号を使っていた。明治時代に夫婦同姓をヨーロッパから輸入して「家」制度をつくった。戦後はWEIRD的な民法で近代化したが、夫婦同姓だけがバグとして残っている。

WEIRD理論はヨーロッパ中心主義を相対化しようとするものだが、仮説としては単純すぎ、アジアはその例外でしかない。キリスト教の普遍主義が近代ヨーロッパを生んだのは事実だが、WEIRDが資本主義を生んだというのはおかしい。家族や婚姻関係は重要だが、それだけで近代社会を説明することはできない。