本書は1993年に出版され、日本に初めてリベラル・コミュニタリアン論争を紹介した本である。いま読むと社会主義への意識が過剰で、いささかオールドファッションだが、また「環境社会主義」が出てきている昨今では、おさらいとして意味があるかもしれない。
日本で自由主義が政治勢力になったことはない。圧倒的に大きな影響力があったのは社会主義であり、自由主義はそれに対抗して政権を擁護する保守的なイデオロギーだった。しかし社会主義が崩壊して、この構図が一変した。本書も紹介しているフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』は、イデオロギーの闘いは終わり、自由主義が唯一の政治思想になったと論じている。
しかしのちにフクヤマ自身が反省したように、この総括は早計だった。自由主義の中にもさまざまな形態があり、またイスラム原理主義や中国などの台頭で西洋文化圏が相対化されたのが、その後の世界の状況である。この観点からいえば、自由主義は西欧ローカルの思想であり、それが普遍的な思想なのかどうかも再検討する必要がある。
マルクスの思想はヘーゲルの影響を受けた西洋哲学の本流で、市民革命の延長上に共産主義革命を位置づけたのだが、ソ連や中国で革命が成功したため、社会主義はアジア的な権威主義になってしまった。これは不幸なことで、マルクスの思想は本来は「自由な個人のアソシエーション」を実現する自由主義だったのだ。
続きはアゴラサロンでどうぞ(初月無料)
日本で自由主義が政治勢力になったことはない。圧倒的に大きな影響力があったのは社会主義であり、自由主義はそれに対抗して政権を擁護する保守的なイデオロギーだった。しかし社会主義が崩壊して、この構図が一変した。本書も紹介しているフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』は、イデオロギーの闘いは終わり、自由主義が唯一の政治思想になったと論じている。
しかしのちにフクヤマ自身が反省したように、この総括は早計だった。自由主義の中にもさまざまな形態があり、またイスラム原理主義や中国などの台頭で西洋文化圏が相対化されたのが、その後の世界の状況である。この観点からいえば、自由主義は西欧ローカルの思想であり、それが普遍的な思想なのかどうかも再検討する必要がある。
マルクスの思想はヘーゲルの影響を受けた西洋哲学の本流で、市民革命の延長上に共産主義革命を位置づけたのだが、ソ連や中国で革命が成功したため、社会主義はアジア的な権威主義になってしまった。これは不幸なことで、マルクスの思想は本来は「自由な個人のアソシエーション」を実現する自由主義だったのだ。
続きはアゴラサロンでどうぞ(初月無料)



