ビスマルク ドイツ帝国を築いた政治外交術 (中公新書)
日本の年金制度には「事業主負担」という奇妙な制度がある。サラリーマンの月額報酬に対する社会保険料率は約30%だが、それを「労使折半」ということにして企業が15%負担するのだ。この起源は19世紀にビスマルクのつくった社会保険法にある。

1850年代から始まった工業化によって各地で労使紛争が起こり、無産政党が合流して社会主義労働者党ができた。これはマルクス主義の路線をとり、帝国議会でも議席を得た。このためビスマルクは、皇帝暗殺未遂事件をきっかけに「社会主義者鎮圧法」を制定し、社会主義者を弾圧した。

その一方でビスマルクは社会主義に傾斜する労働者を懐柔するため、1883年から疾病保険法、労災保険法、老齢廃疾保険法を制定した。疾病保険法は企業に健康保険料の2/3を負担させ、70歳以上の労働者には年金支給を義務づけた。ビスマルクはこのうち労災保険法には国費の支出を考えていたが、負担を恐れる各州の反対で実現しなかった。

この原型はギルドの相互扶助システムだった。ギルドには同業者が金を出し合って親方の老後の面倒をみる「養老制度」があったが、ビスマルクはこれを国家が管理し、企業が労働者を丸抱えにして労使紛争を防ごうとしたのだ。これが年金・健康保険の原型だが、それは国家が企業を統制する国家社会主義だった。

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