ニーチェ全集 12 (ちくま学芸文庫 ニ 1-12)
「私の物語るのは、次の2世紀の歴史である。私は来たるべきものを、もはや別様には来たりえないものを、すなわちニヒリズムの到来を書きしるす」。本書の序文でニーチェがこう宣告して狂気の世界に旅立ったのは1889年。それから135年たち、彼の予言はリアリティを増しているが、その意味は誤解されている。

ニーチェはニヒリストではなく、それを克服しようとした哲学者である。彼が本書でヨーロッパのニヒリズムと呼んだのは、プラトン以来の形而上学だった。プラトンのイデアは現象の背後に普遍的な実在を想定する本質主義だったが、それがキリスト教に取り入れられ、超越的な神を世界の本質とするヨーロッパの世界観ができた。だが神は近代科学の法則に置き換えられ、世界は意味を喪失した。

ニーチェが「すべての価値の価値転換の試み」と名づけた草稿は、彼の狂気によって完成せず、草稿が断片のまま遺された。本書は妹エリザーベトがその草稿を恣意的に編集したもので、彼女がナチスのイデオローグとして兄を利用したことから、今日に至るまでニーチェはドイツ語圏では禁書に近い存在になっている。

しかしニーチェがニヒリズムを克服するために独裁的な「権力への意志」を志向したという通俗的な解釈は誤りである。彼が否定したのはヨーロッパの形而上学であり、その原因はプラトン以来の本質主義だった。それは多くの民衆を支配するために必要なイデオロギーだが、宿命的に挫折する。なぜなら世界には本質も意味もないからだ。

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