反哲学史 (講談社学術文庫)
哲学的にはまったく異質なポパーとハイデガーには、一つだけ共通点がある――プラトン批判である。ポパーはプラトンの思想を本質主義と呼び、ハイデガーは形而上学と呼んで、それを解体する「反哲学」を構想した。

プラトンの哲学はイデア論としてよく知られている。これは日本では「理念」とか「理想」と混同されているが、原義は「形」という意味で、英訳ではformである。アリストテレスはこれを形相(エイドス)と呼んだが、語源は同じである。プラトンはそれを次のようなたとえで語る。

いま二つの家具のそれぞれを作る職人は、そのイデアに目を向けて、それを見つめながら一方は寝椅子をつくり、他方は机をつくるのであって、それらの製品をわれわれが使うのである。(『国家』第10巻)

ここではイデアは超越的な理念ではなく、家具をつくるために職人が思い描く形である。このように自然を<つくる>ものと考える思想は、自然と人間を一体とみなす古代ギリシャでも異質だった。それが西洋哲学の原型となり、現代に至るまで支配的な思想になったのはなぜだろうか。

キリスト教は民衆のためのプラトニズム

プラトンの思想はアリストテレスに受け継がれたが、アテネが滅ぶと古代ローマ帝国では忘れられた。その文献が復元され、アレキサンドリアに保存されたのは3世紀で、それがキリスト教圏に伝わったのは4世紀だった。

アウグスティヌスは新プラトン主義を取り入れてキリスト教を体系化し、『神の国』を書いた。彼は聖書の神の位置にイデアを代入し、プラトンのイデアと現実界の「二世界説」は、世界を「神の国」と「地の国」にわける神学体系となった。

ギリシャのヘレニズムとユダヤのヘブライズムは別の伝統だが、ローマ教会がその教義を正統化するためにプラトニズムを利用した。ニーチェのいうように「キリスト教は民衆のためのプラトニズム」となったのだ。

本質主義が世界を支配した

プラトニズムは本質が現象に先立つという実在論だが、これは神がすべてを超越する本質だというキリスト教の教義に化け、イデアが「理念」という意味でも使われるようになった。これに対してアプリオリな本質の存在を疑う唯名論の伝統が対立したが、近代科学は実在論の立場に立つニュートンによって確立された。

ここではイデアは万有引力の法則という絶対的真理に昇格し、キリスト教の神は不要になり、世界を工学的に<つくる>思想が資本主義を生んだ。それは古代以来の<なる>思想とは異質な、人々の感覚になじまない思想だったが、その生み出す圧倒的な富によって世界を支配した。

それに対してニーチェはプラトン以来の形而上学が「ヨーロッパのニヒリズム」の起源だとし、キリスト教を奴隷思想と批判して、生の豊かさを取り戻す「力への意志」の哲学を構想したが、完成しなかった。ハイデガーもそれを継承したが、政治的に挫折した。

しかし彼らの感じたプラトン以来の<つくる>世界観への違和感は、反グローバリズムや反原発などの運動にもあらわている。それは科学を習得した者だけがエリートになり、資本主義を利用した者だけが豊かになって格差が拡大する世界への反発だが、その起源がプラトンだったのだ。