歴史主義の貧困 (日経BPクラシックス)
私の学生時代には、東大駒場の科学哲学ではポパーは「死んだ犬」だった。彼の反証主義は、クーンのパラダイム論によって完璧に否定されたからだ。その見事な例証が、本書の解説を書いている黒田東彦氏のやった「異次元緩和」である。

ポパーによれば科学的理論の必要条件は、具体的な事実で反証できることだ。黒田氏は自分の金融政策が科学的だと自負していたので「マネタリーベースを2年で2倍にして2%のインフレ率を実現する」という反証可能な目標を2013年4月に宣言した。

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毎日新聞

そしてこれは完璧に反証された。2年どころか10年たっても、黒田氏は退任会見で「2%の物価安定の目標の持続的・安定的な実現までは至らなかった点は残念であります」と正直に認めた。これは潔いが、彼がポパーの誤りに気づいたかどうかはわからない。

2年で2%という明確な目標が達成できなくても、黒田氏は「賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行、いわゆるノルムが根強く残っていた」という意味不明な言い訳をし、リフレ派は「消費税を上げたのが悪い」などと話をすり替えた。

つまり理論は事実で倒せないのだ。パラダイムを倒すのは新しいパラダイムであって反証ではない。それを反証とみなすかどうかというメタレベルの判断がパラダイムに依存するからだ。

これは科学史では常識だが、タレブはそれを承知の上でポパーを高く評価し、このような否定的知識の元祖をソクラテス以前の哲学者に求める。それを発見したのもポパーだった。

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