少子化対策の「支援金」に批判が集まっているが、こういう拠出金は1983年に老人保健法でできた老健拠出金から始まった。これは老人医療の無料化による国民健康保険の赤字を健保組合からの拠出金で埋めるものだが、これに対して健保組合の不払い運動が起こった。
厚労省の資料
反乱はサンリオから始まった。1999年5月、サンリオ健保組合は老健拠出金の納付を拒否した。拠出金が前年度から4割も増え、組合財政の赤字転落が確実になったからだ。同健保組合は「拠出金は行政の無能を組合に転嫁し、財産権を侵害するものだ」として厚生省に不服審査請求を提出し、拠出金の半額を支払わなかった。
この審査請求は却下されたが、サンリオに呼応して全国1800の健保組合の加入する健康保険組合連合会(健保連)が、7月分の老健拠出金の支払いの一時凍結を決めた。この健保連の乱は政府に大きな衝撃を与え、滞っていた老健制度の改革が一挙に進んだ。
健保連の常任理事会は7月5日が納付期限の拠出金1600億円の支払い凍結を決定し、記者会見した下村は「医療保険改革を公約通り2000年度に実施できるよう国会としても責任を持って取り組んでほしい」と、政府の改革への取り組みの遅れを批判した。
健保の赤字の最大の原因は、高齢化社会の進行とともに、70歳以上の高齢者が加入する老健拠出金が増え続けていたことだった。老健拠出金は健保連の支出の4割を占め、8割の健保組合が赤字に転落した。拠出金負担に耐えかねて解散する組合も増えていた。
厚生省幹部の有力な天下り先だった健保連が反旗を翻したことによる波紋は大きかった。厚生省の老人保健福祉局長は「改革法案の取りまとめが遅れていることは確かであり、健保連が拠出金の一時支払い停止を決めるに至ったことは分からないわけではない」と理解を示した。
これに対して医師会は反発し、自民党の族議員も「脅しで改革を進めようというのはおかしい」と抵抗したが、すったもんだの挙げ句、2002年に健康保険法が改正されて70歳以上の高齢者の1割負担が決まった。実に30年ぶりに老人医療が有料になったのだ。
この健保連の乱が成功した背景には、族議員の抵抗を突破したい厚生省の官僚とOBの連携プレーがあった。このとき健保連が延滞した拠出金は1600億円だが、今や健保連が後期高齢者と前期高齢者に拠出するのは3.4兆円。保険料の半分を占め、8割の組合が赤字である。いつ反乱が起こってもおかしくない。
厚労省の資料
反乱はサンリオから始まった。1999年5月、サンリオ健保組合は老健拠出金の納付を拒否した。拠出金が前年度から4割も増え、組合財政の赤字転落が確実になったからだ。同健保組合は「拠出金は行政の無能を組合に転嫁し、財産権を侵害するものだ」として厚生省に不服審査請求を提出し、拠出金の半額を支払わなかった。
この審査請求は却下されたが、サンリオに呼応して全国1800の健保組合の加入する健康保険組合連合会(健保連)が、7月分の老健拠出金の支払いの一時凍結を決めた。この健保連の乱は政府に大きな衝撃を与え、滞っていた老健制度の改革が一挙に進んだ。
厚生省とOBの仕組んだ改革
実はこの反乱を仕掛けたのは、厚生省OBだった。当時の健保連の副会長は下村健。社会保険庁長官を最後に厚生省を退官して健保連に天下った。健保連の常任理事会は7月5日が納付期限の拠出金1600億円の支払い凍結を決定し、記者会見した下村は「医療保険改革を公約通り2000年度に実施できるよう国会としても責任を持って取り組んでほしい」と、政府の改革への取り組みの遅れを批判した。
健保の赤字の最大の原因は、高齢化社会の進行とともに、70歳以上の高齢者が加入する老健拠出金が増え続けていたことだった。老健拠出金は健保連の支出の4割を占め、8割の健保組合が赤字に転落した。拠出金負担に耐えかねて解散する組合も増えていた。
厚生省幹部の有力な天下り先だった健保連が反旗を翻したことによる波紋は大きかった。厚生省の老人保健福祉局長は「改革法案の取りまとめが遅れていることは確かであり、健保連が拠出金の一時支払い停止を決めるに至ったことは分からないわけではない」と理解を示した。
これに対して医師会は反発し、自民党の族議員も「脅しで改革を進めようというのはおかしい」と抵抗したが、すったもんだの挙げ句、2002年に健康保険法が改正されて70歳以上の高齢者の1割負担が決まった。実に30年ぶりに老人医療が有料になったのだ。
この健保連の乱が成功した背景には、族議員の抵抗を突破したい厚生省の官僚とOBの連携プレーがあった。このとき健保連が延滞した拠出金は1600億円だが、今や健保連が後期高齢者と前期高齢者に拠出するのは3.4兆円。保険料の半分を占め、8割の組合が赤字である。いつ反乱が起こってもおかしくない。