18歳からの社会保障読本: 不安のなかの幸せをさがして (叢書・知を究める)
財政赤字が「子孫へのツケ回し」だといわれるが、これは正しくない。親の買った国債を子孫が税で償還するとしても、国債が相続されるなら、子はその償還で税を払えるので家族の資産は同じだ。これを王朝モデルと呼ぶ。

だから親が子孫も含めた家系(王朝)の資産価値を考えて利他的に行動するなら、国債発行も増税も同じだというのが、バローの中立命題である。現実には親は利他的ではないので消費は増えるが、それも子が国債で借り替えれば負担は先送りできる。

これは合理的な行動である。現在の世代の負担を増やすことは政治的に困難だが、まだ生まれていない将来世代は、自分の負担の決定権をもっていないからだ。その結果、財政赤字が膨張し、民間貯蓄(企業・家計金融資産)と財政赤字を合計した国民純貯蓄は、図のように1990年をピークとして大幅に減った。

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家計貯蓄率はすでにマイナスであり、これから社会保障会計の赤字が激増すると、国民純貯蓄はマイナスになり、将来世代の資産が減ってゆくだろう。高齢者と現役世代は結託して負担を先送りし、将来世代の資産を食いつぶしているのだ。

中立命題的な不安

現在の家計金融資産は2115兆円(純資産ベースで1700兆円)で、株高で増えている。政府債務はゼロ金利で1275兆円(純債務は685兆円)とやや減ったので、国民純貯蓄は足元では増えているが、今年から後期高齢者医療の赤字が激増するので、遠からずマイナスになるだろう。

これは財政の維持可能性とは別の問題である。国債を借り替えられる限り、日本政府がデフォルトすることはありえない。名目金利が成長率より低ければ、政府債務が発散することもない。国債を増発しても、日銀が引き受ければ資金繰りは破綻しない。一定の条件のもとでは、賦課方式の社会保障が需要不足を埋める効果もある。

しかし社会保障債務が増えると、将来世代の資産が減る。国債の償還を永遠に先送りできないかぎり将来の負担(税・社会保険料)が重くなることは確実なので、生活水準の切り下げが必要になる。この中立命題的な不安が消費を抑制するので、経済成長が減速する。

ラインハート=ロゴフは「政府債務がGDPの90%を超えると顕著に成長率が下がる」と主張した。これは一部に計算ミスがあることが判明したが、政府債務と成長率に負の相関があることは間違いない。

つまりトレードオフは高齢者と現役世代ではなく、いま生きている世代とこれから生まれる世代にあるのだ。現在世代が利他的に行動するなら、社会保障給付を削減することがベストだが、これは政治的にきわめて困難だ。国債発行を減らして消費税に変えても、国民純貯蓄そのものは増えない。

もう一つの方法は、資産を増やすことだ。上の図でもわかるように、国民純貯蓄はバブル崩壊後の1990年代に激減し、2010年代に株価の上がった時代にやや回復している。だから資産選択を合理化して、収益の高い資産に転換することがもう一つの解決策だろう。