円安を「国力の低下」と考える人が多いが、それは結果である。日本の製造業の国際競争力が低下したことは事実だが、円高にしたら国際競争力が高まるわけではない。円安で輸出品の価格競争力は高まり、貿易収支の赤字は減った。問題は、これほど円安になっても、製造業が国内に帰ってこないことだ。

黒田日銀の初期には、1ドル=80円台から120円台に下がれば輸出が増え、海外拠点が日本に帰ってくると黒田総裁は思っていたが、どっちも起こらなかった。むしろ円安で海外法人の外貨建て利益が増え、海外に再投資して連結経常利益が上がり、空洞化は加速している。

これはグローバル資本主義の原則から考えると当然だ。資本に国籍はないので、コスト最小の国に最適投資する。そういう現象が起こったのがイギリスである。ポンド/円の為替レートは、固定為替相場の時代には1ポンド=900円近かったが、最近では180円と1/5に下がった。

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しかし対外資産(GDP比)は世界一で、日本の4倍以上だ。負債も多いので純資産はマイナスだが、これはポンド安で対内直接投資が増えたためだ。純資産は日本が世界一だが、それを十分活用していない。問題はバランスシートの帳尻ではなく、利用できる資産の規模である。4倍借金して4倍投資するイギリスのほうが豊かなのだ。

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日本にも「ビッグバン」が必要だ

イギリスが繁栄した原因は18世紀の「産業革命」ではなく、16世紀以降のジェントルマン資本主義だった。いちはやく新大陸に入植して大規模なプランテーションを行ない、奴隷貿易で富を蓄積した大英帝国が産業革命を生んだのであって、その逆ではない。

ジェントルマンは巨大な資産を最高のリターンで運用した。彼らは戦争に投資し、植民地から掠奪したのだ。この意味で、ピーク時にはGDPの2倍を超えた公的資本が大英帝国の一世一代のギャンブルであり、彼らはそれに見事に勝ったのだ、とPikettyは論じている。

ジェントルマンは大土地所有などの既得権を守ったので、国王に対抗して権利を守った彼らの存在が法の支配を生み、大英帝国の基礎になった。彼らは実利的なビジネスをきらうので、20世紀後半まで、オクスフォードやケンブリッジには工学部もビジネス・スクールもなかった。

しかし19世紀末以降の「帝国主義」の時代に大英帝国が世界を制覇したころから収益率は悪化し、二度の大戦で植民地を奪われた。それでもイギリスは資産大国であり、人々の生活水準は高い。

市街には美しい石造りの建物が並び、広い道路が整然と走っている。狭い道路の傍に雑然とビルの並ぶ東京と比べれば、都市としての完成度の違いは明らかだ。ロンドンでは一流のオーケストラが毎日コンサートを開き、大英博物館に入ると、彼らが世界各地から掠奪した富の大きさに圧倒される。

サッチャー政権はポンド安を利用して、ビッグバンで外資を導入した。世界中から投資銀行がシティに集まり、イギリス資本は消えたが、ロンドン証券取引所の時価総額は(NYSEとNASDAQに次いで)世界第3位である。

日本にとって円安はチャンスである。中国のリスクは大きく、アジアから日本に生産拠点を移動する動きは加速している。日本の「金融ビッグバン」は山一証券の破綻で金融危機を起こしただけだが、今度こそ資本や雇用の流動化によるビッグバンを実行し、内なるグローバリゼーションを進める必要がある。