Time on the Cross: The Economics of American Slavery by Robert William Fogel Stanley L. Engerman(1995-08-17)
アメリカ大統領選挙の共和党候補に名乗りを上げたフロリダ州のデサンティズ知事が批判を浴びている。フロリダ州の新しい歴史教育カリキュラムに「奴隷制にはいい面もあった」という表現があるからだ。

近代社会では、すべての個人はひとしく譲渡不可能な人権をもつことになっているので、人的資本を売買する奴隷制は禁止されているが、その合理的根拠は明らかではない。本書はアメリカの奴隷制が、賃労働より効率的だということを数量経済データで実証して大反響を呼び、フォーゲルはノーベル経済学賞を受賞した。

その主要な結論は山形浩生氏の仮訳によれば、次のようなものだ。
  • 奴隷農業は自由農業に比べて非効率ではなかった。大規模耕作、効果的なマネジメント、労働と資本音集約的な活用で、南部の奴隷農業は、北部の家族農業システムに比べて35%効率が高かった

  • 奴隷は確かに、生産した収入の一部が所有者により召し上げられたという意味では収奪されていた。だがその収奪の比率は、一般に思われていたよりもはるかに低い。生涯にわたり、平均的な奴隷農夫は、生産した収入の90%ほどを受け取っていた

  • 南北戦争以前の南部の経済は、停滞するどころかかなり急成長していた。1840-1860年の間に、一人あたり所得は、全米平均よりも南部のほうが急上昇した。1860 年には、南部は当時の基準では高い一人あたり所得を実現していた
これは常識に反するが、経済学の理論には合致している。もし奴隷制で人的資本が売買できるなら、労働者はロボット(物的資本)と同じなので、企業はその生み出す価値(キャッシュフロー)が人的資本のコストを上回るとき労働者を買い、価値がなくなったら売ればよい。奴隷制では雇用契約のような交渉問題が発生しないので効率的だ、というのが、ハートの不完備契約理論である。

これは空想的な話のようにみえるだろうが、現実の世界は新しい奴隷制に近づいている。たとえば機械学習ロボットで、年収500万円の銀行員の事務労働を100%代替できるとしよう。ロボットのリース料が年500万円なら、銀行員を雇うよりロボットを借りることがはるかに効率的である。ロボットには労使交渉は必要なく、将来の賃上げもないからだ。

続きは7月31日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)