「協力」の生命全史: 進化と淘汰がもたらした集団の力学
最近、話題になるマイナカードとインボイスと不法滞在と再エネには共通点がある。社会のコモンズにただ乗りすることだ。マイナカードやインボイスに反対する人々の本当の理由は税金逃れである。不法滞在の目的は社会保障へのただ乗りであり、再エネの目的は電力インフラへのただ乗りである。

このようなコモンズの悲劇は昔からよく知られている。ただ乗りは合理的行動であり、数が少ないときは大した問題ではないが、再エネのようにフリーライダーが多くなるとコモンズが侵食され、だれも電力インフラに投資しなくなる。

これはゲーム理論では多人数の囚人のジレンマとしておなじみだが、それは人間の行動であり、相手の行動を知らない動物とは無縁な現象だと思われていた。ところが著者の実験で、ソメワケベラという魚にもコモンズを有効利用する行動がみられることがわかった。

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ソメワケベラの掃除(Wikipedia)

ソメワケベラは亜熱帯の海に住む体長12cm程度の魚だが、上の写真のように大きな魚(ホスト)の鱗についた寄生虫を食う掃除魚として知られている。ここではホストの体がコモンズで、ソメワケベラは寄生虫を取り除くwin-winの関係を築いているが、数が多くなるとホストの鱗を食うフリーライダーが出てくる。そんなことをするとホストは逃げてしまう。

おもしろいのは、そこからである。掃除作業にただ乗りした魚(ほとんどは雌)を雄がしつこく追いかけ、尾びれをかじったりして嫌がらせするのだ。こういう攻撃を受けた雌は、雄に協力するようになる。

これは裏切り者を処罰しているようにみえるが、追いかける雄には何も利益がない。いわばコモンズを守る警官の役割を演じているのだが、このシステムはどうやって維持されているのだろうか。

応報行動という生存戦略

囚人のジレンマでは、プレイヤーは相手のペイオフを知っているが、もちろん魚はそんなことは知らない。魚にわかるのはホストが逃げたという事実だけだが、ソメワケベラは海の中で縄張りをもち、その中で1匹の雄と複数の雌からなる「ハーレム」で暮らしているので、雄と雌は互いを認識していると思われる。

逃げたホストを追いかけないで雌を追いかけることは、ゲーム理論でいう公共財ゲームで、繰り返し囚人のジレンマである。ここではただ乗りが起こると投資が減るが、それに対する罰金を設けると、多くの人が(個人的には損しても)罰金をかけるようになる。

魚がそんな因果関係を知っているはずはないが、ホストが逃げると雌を攻撃するという習性は遺伝的に身につけていると思われる。このように同じ縄張りの中でつねに一緒に暮らしていることが協力のインセンティブになるのだろう。

魚でも人間でも、他の個体のただ乗りを処罰する行動には利益がないが、フリーライダーを許すと集団が滅んでしまう。ただ乗りに寛容なソメワケベラは、とっくに淘汰されただろう。人間の応報行動は集団として生き残るための生存戦略だが、類人猿にもみられない。そういう行動が小さな魚にもみられるのは神秘的である。