半導体有事 (文春新書)
中国の呉江浩駐日大使が着任記者会見で「中国の内政問題を日本の安全保障と結びつけると、日本の民衆が火の中に連れ込まれる」と警告したことが話題になっている。中国は台湾有事論にそれほど危機感を抱いているのだろう。

彼が具体的に言及したのは、半導体デカップリングである。これは中国に対する半導体の輸出禁止措置で、本書によればアメリカが昨年10月7日に発表した「10・7規制」は次のようなものだ。
  • 中国のスパコンやAIに使われる高性能半導体の輸出禁止
  • アメリカ製の半導体製造装置の輸出禁止
  • すべての半導体成膜装置の輸出を許可制にする
  • 中国にある外国メーカー(TSMCなど)にも適用
これについてTSMCの創業者モリス・チャンは「グローバリズムはほぼ死んだ」と述べたという。これが実施されると、中国が報復するおそれがある。

その台湾有事の最悪のシナリオは、中国が台湾を軍事的に侵略してTSMCを接収することだ。この場合、TSMCは工場を破壊すべきだ、とアメリカ政府は提案しているという。

ラピダスは日本の半導体産業の最後の賭け

さらに問題なのは、2027年までに2nmの半導体を製造する計画の「ラピダス」である。これを著者は「ミッション・インポシブル」だという。2nm半導体は、いまだにTSMCもサムスンもインテルも開発に成功していない。それを45nmまでしか実績のない日本の半導体メーカーが製造するのは不可能である。図のように9世代もジャンプする技術の蓄積がないからだ。

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TSMCやラピダスのようなファウンドリは製造専業の生産委託だが、2nmの半導体はどこからも生産委託されていない。ロジック回路の設計はファブレスと呼ばれる上流のソフトウェアハウスで行われるが、ラピダスに出資する企業にはその設計能力がないからだ。

ラピダスには経産省が3300億円の出資を表明し、北海道の千歳で9月から工場が建設され、2025年には完成する予定だが、泊原発は再稼動の見通しが立たず、北海道電力の料金は日本一高い。量産開始には5兆円の投資が必要で、前途を楽観する人は少ない。経産省の国策半導体プロジェクトは、これまで失敗に次ぐ失敗だったからだ。

しかし台湾有事が遠い将来の可能性ではないとすれば、採算を無視しても工場をつくる意味はあるかもしれない。それが台湾から逃げてくるTSMCの受け皿になれば、半導体産業が復活する望みもある。それが「日の丸半導体」である必要はなく、雇用が生まれればいいのだ。まさにこれは日本の半導体産業の「最後の賭け」である。