大学なんか行っても意味はない?――教育反対の経済学
東京都や大阪府が大学を無償化するが、この問題についての経済学者の意見はほぼ一致している:大学教育の私的収益率はきわめて高いが、社会的には浪費である。大卒で高い所得を得られるのは教育で能力が上がるからではなく、学歴のシグナリング効果である。これは親が子供にアクセサリーを買ってやるのと同じなので、公的支援は正当化できない。

本書はこういう理論・実証研究をまとめたもので、原題は『教育に反対する理由』。大学教育の収益率は明らかにマイナスだが、高校教育も(それに投じられる公費以上に)役に立つ証拠がない。小中学校は役に立つので、その外部性(誰もが字を読めるなど)を考えると公的投資は正当化できるかもしれない。

先進国でも途上国でも、教育投資と成長率は無関係である。20代前半まで多くの子供が学校に行くのは、社会的には大きな損失である。多くの途上国では子供は10代前半から働くが、学校教育の長さとGDPに有意な相関はみられない。

ほとんどのスキルは職場で身につけるので、学校教育は効率的ではないが、多くの人が子供への教育投資を増やしているので、世界中で学歴のインフレが拡大している。欧米では修士以上でないとエリートになれないが、学歴エリートの労働者としての能力は低い。

大学無償化は非生産的

だから大学無償化は、そのねらいとは逆の結果をもたらす。子供を大学に進学させる親は平均より豊かなので、所得は逆分配になる。学歴のインフレが激しくなり、必要のない子供が長期間、教育を受けるので効率は落ちる。これに比べれば、非裁量的な児童手当のほうがましだ。

「日本の大学はだめだ」というときは欧米の超一流大学が比較対象になっているが、欧米の多くの大学はカレッジ(日本の短大)であり、大部分の大学生は中学並みの知識も身につけていない。たとえば
  • 地球が太陽の周りを回っていることを知っているアメリカの成人は約半分
  • 原子が電子より大きいことを知っているのは32%
  • 抗生物質ではウイルスが死なないことを知っているのは14%
  • ビックバンを知っている人は実質ゼロ
著者はリバタリアンだが、すべての教育を否定するわけではない。今の大学は労働者には無意味なリベラルアーツを教えているが、職業教育は足りない。年齢に関係なく、新たな知識を更新しないと技術革新に追いつけない。若者だけの大学はいらないが、いつでも教育を受けられる職業学校がもっと必要だ。

本書はほぼ全面的に学校教育を否定しているが、貧しい家庭の子供が学歴を得ることで高い所得を得る可能性もある。その場合には貸与型奨学金が適している。大学の私的収益率は高く、生涯所得で5000万円ぐらい高いからだ。その返済の負担で破産するという話があるが、破産するような学生は最初から大学に行くべきではない。