戦後日本の安全保障-日米同盟、憲法9条からNSCまで (中公新書 2697)
葉梨法相が更迭された。理由はつまらない失言だが、統一教会騒動で国会が止まり、このままでは補正予算が成立しないため、野党との取引でクビにしたのだろう。このように政局が政策を動かすのは今に始まったことではなく、戦後の安全保障も国内の政局の駆け引きで決まった。

といっても終戦直後は政府の相手は野党ではなくGHQで、憲法第9条は第1条(象徴天皇制)を残すための取引だった。連合国の中では天皇を廃位して共和制にすべきだという意見が強かったが、マッカーサーは天皇制がなくなると共産主義革命が起こることを恐れ、吉田茂も同じ意見だった。そこで第9条で日本軍が復活しないことを保証し、天皇を残したのだ。

この取引は、アメリカにとって高くついた。本来はアメリカに代わって日本が極東の安全保障体制の要になるはずだったが、軍備は「警察予備隊」という中途半端なものになり、再軍備するための憲法改正もできなかったので、平和条約と同時に日米安保条約という奇妙な条約を結ばざるをえなかった。

それは日米を守る条約ではなく、日本を守るために米軍が駐留する条約だったので、日本国内で米軍が基地を自由に使うのは当然だった。これは日本にとっても屈辱的な占領状態の延長だったので、自民党は不平等条約を改正しようとしたが、それを阻止したのも政局だった。

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