マーガレット・サッチャー―政治を変えた「鉄の女」―(新潮選書)
トラス英首相の経済政策が「トリプル安」をまねき、内閣支持率が21%に落ちた。彼女はサッチャー元首相を尊敬しているというが、その政策はサッチャーとはまったく違う。エネルギーに補助金を出すと同時に大減税して「小さな政府」を実現するという政策は支離滅裂だ。

ただサッチャーの政策が、それほど首尾一貫していたわけではない。のちにマネタリズムと呼ばれる政策を彼女が実行したのは、1970年代に「英国病」が完全に行き詰まった状況で、他に手段がなかったためだ。最大の敵は長期にわたってストライキを繰り返す労働組合、特にその中核である炭鉱労組だった。

イギリスの保守党は、文字通り保守的な地主と貴族の党で、雑貨屋の子であるサッチャーは異端の右派だった。保守党の政治手法も既得権を守って妥協するもので、本流のヒース首相は炭鉱労組との対決を回避し、石油ショックに対して財政出動と価格統制で対応した。このためイギリス経済は、インフレ率が20%を超える大混乱に陥った。

そんな中で保守党の党首選挙が行われ、なり手のいない状態で、異端のサッチャーが保守党の党首にかつぎ出された。1979年に彼女が党首に指名されたとき、ブリーフケースからハイエクの『自由の条件』を出し、「これがわれわれの信じているものだ」と宣言したエピソードは有名である。

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