間違いだらけのエネルギー問題
ウクライナ戦争をきっかけに世界経済が大混乱に陥っている最大の原因は、石炭火力を廃止して天然ガス依存を強めたヨーロッパのエネルギー政策である。ガス価格は1年で10倍以上になり、電気代は2倍以上になった。EUは価格統制で乗り切ろうとしているが、これは供給不足をまねくだけだ。

このように不確実性が大きくなると、インフラ投資が減る。リスクプレミアムは金利と同じなので、将来の収益リスクが大きくなると、割引現在価値(NPV)が小さくなり、発電所のような長期プロジェクトの利益がマイナスになるからだ。リスクが1%大きくなると、償却期間40年でNPVが33%下がる。

世界的に電力業界が垂直統合型の産業構造だったのは、国営企業が多かった歴史的な理由によるもので、1990年代にサッチャー英首相が電力を水平分離して自由化するシステム改革を開始した。アメリカでもニューヨークやカリフォルニアなどで自由化が行われたが、大停電が起こり、電気代が上がる結果に終わった。

その原因はインフラへの過少投資である。今年1月の記事でも書いたように、バックアップの固定費を無視して限界費用で価格をつけると、火力や原子力のような長期的投資はできなくなり、新規参入業者はリセールばかりになってしまう。それがイギリスでも日本でも起こったことである。

資本過剰が過少投資をもたらす

インフラの中でも送電網は寿命が長いが、発電所は老朽化が速い。今のままでは石炭火力は採算悪化で退役し、原子力の新増設は不可能なので、増えるのは再エネだけだろう。バックアップ設備のコストを負担する容量市場がイギリスで始まり、日本も導入したが、再エネ議連が反対している。

特に原子力開発を進めることは、今のように政治的リスクが大きい状態では不可能だ。そのリスクは民間で負い切れない。再エネも本来は大手電力会社の中で火力との組み合わせを最適化することが望ましいが、今のようにオークションでスポット価格を決める方式は、バックアップのコストを負担しない再エネが過剰投資になり、稼働率が落ちる火力が過少投資になる。

1990年代以降、多くの分野で民営化や規制撤廃が行われたが、価格メカニズムにまかせることが適しているのは、外部性が小さく、市場で供給をコントロールしやすい産業に限られる。本書も紹介しているクルーグマンの言葉のように、医療と教育と電力は適していないというのが、ここ30年の「新自由主義」の教訓だろう。

電力は年間の最大需要に対応するために必要があるので、過剰投資になりがちだ。これを効率化してコストを削減することが電力自由化の本来の目的だったが、FIT(固定価格買取)という自由化と矛盾する制度を同時に実施したため大混乱になり、コストは大幅に上がり、供給が不安定になってしまった。

長期停滞の本質は、資本過剰である。しかも資本は情報産業や独占企業に偏在し、GAFAMは巨額の利益を上げるが、経済全体としては収益率が下がり、過少投資になる。特にエネルギー産業には脱炭素化という「課税」が加わるため、資本の論理では投資できない。

電力の国有化は政治的に容易ではないが、安全保障はその大義名分になる。今年7月、フランス政府は原子力開発を計画的に進めるため、経営危機に陥っていたフランス電力(EDF)を完全国有化した。日本でも、東日本のBWRは国営化して「原子力公社」に集約することもオプションの一つだろう。