柳田国男: 知と社会構想の全貌 ((ちくま新書 1218))
国葬をめぐる議論をみていると、安倍元首相に対する反感が意外に多くの人に共有されていることがわかる。これは彼が強権的だと思われていたためだろう。現実には彼は党内コンセンサスを大事にして対立の原因になるエネルギー問題や雇用問題には手をつけなかったのだが、あの程度でも朝日新聞には「一強」などといわれた。

このような日本人の「強い権力」に対する嫌悪は、古代から続いているものだ。柳田国男は日本の伝統は国家神道のような神社を中心とする組織ではなく、村ごとにばらばらの氏神信仰だと考えた。それは農商務省の官僚として彼が明言できなかった天皇制への暗黙の批判だった、というのが本書の見立てである。

柳田は若いころクロポトキンに傾倒し、平民社のメンバーとも交流があったが、1910年の大逆事件を機にアナーキズムを「表」では語らなくなった。その後は全国各地の「常民」の聞き取り調査で、一見ねらいのわからない膨大な記録を残した。それを読み解くと、彼が国家神道を批判していたことがわかる。

日本の土着信仰の原型は記紀のような神話ではなく、各地にさまざまな形で残っている「氏神」だった。それはキリスト教を典型とするデュルケームやウェーバーなどの宗教学とはまったく違うもので、このような土着信仰が先進国に残っているケースは珍しい。

そういうばらばらの土着信仰では大きな社会は統合できないので、それを超える国家権力で人々を支配するようになるのが普通だが、日本人はそういう強大な権力を拒否してきた。そこに柳田は、日本に古代から継承されるアナーキズムの伝統をみた。

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