統一教会をめぐる騒ぎでは「憲法の政教分離の原則に反する」という議論がよくあるが、憲法に政教分離という言葉はない。憲法20条はこう定めている。
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
これは信教の自由を保証する規定であり、政教分離(国家の宗教への不介入)はそれを保証する制度だから、宗教団体が特定の政治家を応援することは憲法違反ではない。それは創価学会と公明党の関係をみれば明らかだろう。

明治憲法では神社は「宗教」ではないとして国家護持されたが、1945年12月の神道指令で国家神道は廃止された。ほぼ同時に制定された宗教法人令で、神社も寺院もキリスト教も同格の「宗教法人」として認められた。GHQは日本人を啓蒙するために、キリスト教を普及させようとしたのだ。

国家による審査を廃止し、新宗教も届け出だけで認められて非課税となったので、全国で宗教法人の申請が激増した。それを整理するために文部省や自治体の「認証」が必要だと規定したのが、1949年にできた宗教法人法である。

GHQが占領政策の最初に国家神道を廃止し、宗教法人に強い保護を与えたことは、それが占領体制の重要な一環だという印象を与えた。それが今も宗教法人が強く保護されている原因である。

「国家神道」という錯覚

しかしGHQの神道に対する警戒は過大評価だった。それはキリスト教のような体系的な教義ではなく、中身は教育勅語のような無内容な道徳律しかない。それを多くの日本人が信じたことは事実だが、日本政府がカルヴァンのような神権政治をやったわけではない。

では日本人兵士は何を信じて何百万人も死んだのか、というのは今も謎だが、1930年代の後半以降は山本七平のいう「空気」が醸成され、戦争に反対できなくなった。その空気は国家神道によってつくられたものではなく、むしろ天皇や神道は空気を「物神化」するシンボルだった。この点がキリスト教とまったく違う。

ローカルな御神体に依拠しているかぎり普遍的な宗教にはなりえないので、キリスト教は偶像崇拝を禁止した。カトリック教会は堕落して世俗的な権威になったが、カルヴィニズムは教会の権威も否定した。これによってキリスト教は、ローカルな価値の違いを超えた抽象的な観念のみに依拠する世界宗教になった。

それに対して日本の神道は、国家と無関係な土着宗教の集合体で、戦争を起こす危険もない。それは日本人を総力戦体制に動員するために明治政府がつくった記号にすぎない。その意味でGHQが国家神道を敵視したのは錯覚であり、その遺制である宗教法人法が今も残っているのはよくない。全国各地のあやしげな宗教法人を整理するためには、認可の取り消しがもっと簡単にできる法改正が必要だろう。