日米〈核〉同盟 原爆,核の傘,フクシマ (岩波新書)
政府のGX実行会議の資料で、おやっと思ったのは、核燃料サイクルについての言及がなくなったことだ。高速炉は言及されているが、その見通しは書かれていない。日本は高速増殖炉(FBR)を放棄したからだ。

かつて核燃料サイクルは原子力政策の根幹であり、「次世代革新炉」は高速増殖炉だった。1956年に始まった原子力開発の長期計画でも、軽水炉は過渡的な技術であり、最終的にはFBRで消費した以上のプルトニウムを生産する核燃料サイクルが目標とされていた。

しかしプルトニウムは、核兵器の材料ともなる。中国でもロシアでも、高速炉はプルトニウムの生産装置である。1968年に核拡散防止条約(NPT)ができたのは1964年の中国の核実験がきっかけだが、そのとき米ソの「隠れた目的」は、日本と西ドイツの核武装を封じ込めることだった。NPTを強制する機関としてできたのがIAEAだが、その主な対象も日本だった。

外務省はNPTのそういう不平等性を知っていたので、これに抵抗した。条約に署名したのは発効直前の1970年2月、批准は1976年6月だった。「非核三原則」を唱えた佐藤栄作も、最初はNPTに反対だった。こういう日本政府の迷走がアメリカに「日本は核武装するのではないか」という疑惑を抱かせた。

最大の転機は、1977年にカーター政権が核拡散を防止するという理由で、再処理を放棄したときだ。アメリカは日本にも再処理をやめるよう求めたが、1975年には東海村の再処理施設が完成していた。石油危機で資源の枯渇リスクに直面した通産省は、高速増殖炉を頼りにして再処理の計画を続行した。

それまで原子力施設は個別にIAEAが査察していたが、それでは商用運転ができないので、日本は事前に一括して再処理に同意し、個別に査察しない包括的事前同意を求め、1988年に日米原子力協定を結んだ。これは非核保有国が再処理を行うNPTの唯一の例外である。

宙に浮いた核燃料サイクル

六ヶ所村の再処理工場で印象的なのは、IAEAの査察官が24時間勤務でプルトニウムの量を監視していることだ。NPT加盟国の中で唯一、核兵器をもたないのに大量のプルトニウムを保有する日本は、1ヶ月もあれば核兵器をつくることができ、1年あれば核弾頭を搭載した弾道ミサイルをつくれる潜在的脅威なのだ。

ところが日本人は、こうしたアメリカの警戒を知らない。民主党政権は2012年に「革新的エネルギー・環境戦略」と称して「2030年代に原発ゼロ」という計画を発表したが、アメリカに「プルトニウムはどうするのか」と問い詰められ、青森県知事は「再処理しないなら核廃棄物を拒否する」と抗議した。当時の枝野経産相は知事に謝罪し、この「エネルギー戦略」は閣議決定できなかった。

こうして核燃料サイクルは元に戻り、再処理には経済的な意味がないので、再処理工場の完成は「延期」が繰り返されている。唯一の意味は核武装のオプションをもつことだが、これは空想に近い。核兵器の精度が上がった今日では「核の共有」さえ意味が疑わしい。

公式の存在理由は「再処理で高レベル核廃棄物の体積を減らすこと」だが、危険なプルトニウムは増えてしまう。それをMOX燃料で消費する計画だが、今のところMOX燃料の使える原子炉は全国で3基しかなく、プルトニウムを毎年1トン消費するのがせいぜいだ。

六ヶ所村のプルトニウム生産能力は800トン。このまま再処理工場を稼働すると、ウランの10倍のコストをかけてMOX燃料をつくる意味不明のプロジェクトになる。高速炉を使わないのなら再処理は必要ないので、原子力協定は終了してもよい。核武装にはプルトニウムは1トンもあれば十分だから、あとは海外に引き取ってもらえばいい。

著者は反原発派なので、核武装も核燃料サイクルも全面否定だが、日米同盟は永遠ではない。核オプションはもっておいたほうがよいが、そのコストとしては核燃料サイクルは高すぎる。