物語 ドイツの歴史―ドイツ的とは何か (中公新書)
ドイツはロシアからの天然ガス供給が80%削減される危機になっても、今年末に3基の原発を予定通り停止する方針だ。ここまで来ると世界のエネルギー危機の大きな原因は、合理的な計算なしに脱原発という「信仰」に殉じるドイツ人にあるといわざるをえない。

このようなドイツ人の特徴は、それほど古いものではない。阿部謹也によると、キリスト教化する前のドイツ(神聖ローマ帝国)は日本とよく似た部族社会で、贈与・互酬によって個人を「閉じた社会」に埋め込んでいたという。

12世紀ごろ神聖ローマ帝国がキリスト教で統一され、教会が個人の内面を管理するシステムができた。近世以降の戦争の連続の中で人口が移動したため、そのアジール(避難所)として都市国家が成立した。都市では個人は地域や家族から切り離され、神の前で絶対的に孤独な存在となり、不特定多数が出会う「開かれた社会」になった。

ここで社会を統合したのは古代的な「世間」のつきあいではなく、個人という人工的な概念だった。このときアイデンティティの核になったのは信仰だったが、字も読めなかった大衆が、キリスト教の教義を理解して信じていたわけではない。それは伝統的な共同体を徹底的に解体して教会が個人を支配するシステムだったのだ。

孤独な「個人」を信仰が結びつける

それはキリスト教に固有の告解で生まれた、とフーコーはいう。これは1215年にラテラノの公会議ですべての教会に課せられた業務で、個人の秘密を聖職者に告白させ、教会はその秘密を握ることで個人をコントロールした。

ドイツの領邦では、カトリックの領主のもとではカトリックしか許されず、プロテスタントは他の領邦に逃げなければならないが、改宗は強制されなかった。ドイツの都市や領邦は、信仰のみよって結ばれる信仰共同体になったのだ。これは1555年のアウグスブルクの和議で確認された。

キリスト教の特徴は、超越的な神と個人の契約で成り立っていることだが、これも大衆には理解しがたい教義だった。現実に各地域の「主権者」になったのは(本来は代理人にすぎない)教会であり、それに対する抵抗が宗教改革を生み、宗教戦争の原因となった。

神聖ローマ帝国の解体する中で、戦争に生き残るために信仰が利用され、信仰の対立によって宗教戦争が起こる悪循環が繰り返された。1871年にプロイセンがドイツ帝国を統一した後も「ドイツ国民」を国家が統合しようというナショナリズムは、ビスマルクからヒトラーまで続いた。

それが破滅的な失敗に終わった結果、ドイツ人はいま脱原発に信仰の対象を求めている。東西ドイツが統一されるとき、建国の理念として環境社会主義を選んだのは、西独の新左翼と東独の社会主義者だった。その代表がメルケル首相である。

クリーンな原発を止めて汚い褐炭の発電所を稼働させることは不合理であり、経済的にはドイツを危機に陥れるが、環境社会主義はそういう功利主義を超えたナショナルな信仰である。それはかつてのナチズムと同じ絶対的な信仰であり、それを失うとドイツ国民は空中分解してしまうのだ。