岸田首相が国会で「株主還元という形で成長の果実等が流出しているということについてはしっかりと受け止め、この現状について考えていくことは重要」と答弁したことで、株式市場がざわめいている。首相が持論の自社株買い規制に踏み込んだとも受け取れるからだ。

自社株買いについては誤解が多い。首相のブレーンといわれる原丈二氏はこう述べている。

自社株買いは会社法が商法の時代には禁止されていた。今もドイツでは禁止だ。自社株買いは資本主義の大原則に反している行為だが、常態化して多くの会社が使っているので、商法の時代に帰るわけにもいかない。原則として自社株買いをどこまで認めるのか、これから議論するのが重要だ。

これは事実誤認である。ドイツでは1998年に自社株買いは解禁された。「資本主義の大原則に反している」というのも意味不明だ。自社株買いは配当と同じ株主還元策である。日本で商法の時代に禁止されていたのは、自社株買いで株価を上げることができると思われていたためだが、これは誤解である。

それを会計の教科書にも書いてある図でみてみよう。企業のバランスシートを単純化して、図の左のように事業資産が8億円で現預金が2億円あり、株式が7万株で1株1万円だとする。

自社株

この現預金で会社が株主から2万株の株式を買うと、図の右のように時価総額は5億円になるが、株式も2万株減るので、5億円÷5万株=1万円で株価は同じだ。ところが現実には、自社株買いで株価が上がることが多い。それはなぜだろうか?

株価が上がるのは心理的効果

それは第1に、利益が同じで株数が減るので1株利益(EPS)が増えると考えるからだろう。しかしこの図でもわかるように、自社株買いで株式が減ると時価総額も減るので、株価純資産倍率(PBR)が下がり、EPSも下がる。結局、1株あたりの企業価値は同じなのだ。

第2に、経営者が自社株を買うのは、株価が過小評価されていると思っているという意思表示である。しかしその判断が正しいとは限らない。自社の価値を過大評価するのは、よくある過ちである。また経営の悪化した会社が、株価対策として自社株買いをすることもある。

第3に、株式が減ってレバレッジ(全資産に占める負債の比率)が上がる。図の例でいうと、有利子負債の比率が上がってROE(自己資本利益率)が上がるが、負債のリスクも上がる。これは自社株買いではなくレバレッジの問題である。

第4に、税制で配当より有利である。配当には20%の所得税がかかるが、自社株買いだと(株主が最初に株式を買ったときとの)譲渡益に課税されるだけだ。企業の利益処分としては配当と同じだが、複雑な所有関係を解消して企業買収を防ぐなどのメリットがある。

要するに自社株買いで株価が上がるのは心理的効果で、会計的には配当と同じだが、岸田首相は株主還元を敵視しているようだ。これでは外人投資家は逃げ、資金は流出するだろう。