西村大臣の騒動は、日本にまだ法の支配がないことを痛感する事件だった。これを法治主義と混同する人が多いが、世界大百科事典も定義するように、
本書の元になったのは、BBCラジオの「法の支配とその敵」というシリーズである。これは明らかにポパーの『開かれた社会とその敵』を意識したものだが、ファーガソンはポパーをきびしく批判している。
ポパーの本は1945年に出版され、共産主義やファシズムを西洋哲学の歴史の中で批判するものだが、西洋の社会を「開かれた社会」として理想化し、プラトン以来の全体主義、特にヘーゲルやマルクスの「歴史主義」をその敵として指弾する見当違いな話である。ポパーはヘーゲルもマルクスも理解していない。
ファーガソンが英米圏のコアにある価値観として擁護するのは、ポパー的な合理主義ではなく、法の支配である。それが西洋文明を生み、資本主義を生んだのであって、その逆ではない。
資本主義の誕生は「市民階級」によるものではなく、国家によるグローバルな掠奪だった。アリギも指摘するように、市場経済のスミス的発展は中国のほうがはるかに進んでおり、十分豊かだった。それが18世紀から爆発的に西洋の所得が伸びて中国を抜いたのはなぜなのか――これはいまだに続いている歴史学でも最大の論争である。
まだ答が出たわけではないが、最近の歴史学者が指摘するのは、ウェーバーからポパーに至る「合理主義」にこの原因を求める伝統的な歴史観は成り立たないという事実である。スミス的な市場は等価交換が原則なので、超過利潤は一時的なものだ。200年以上にわたって指数関数的な成長を続けるには、もっと巨大で持続的な利潤の源泉があったはずである。
それが植民地支配であり、奴隷貿易だった。その主役は国家であり、市民はむしろ兵士として世界を征服する役割を果たしたのだ。この意味で西洋の社会は、最初から搾取によって成長してきた(アリギのいう)マルクス的発展によって中国の覇権を奪ったのであり、その鍵になったのは市場経済ではなく軍事力だった。
これに対して西洋では日常的に戦争が続いていたので、平和を維持する技術が発達した。ここで重要なのは内乱を防ぐことで、そのためには一定の合意が必要だ。これは一般大衆が参加するという意味で民主的である必要はなく、武装したエリートの中だけで合意できればよい。それが共和制である。
アメリカの場合は司法の役割が大きすぎるため、弁護士が上下両院議員の37%を占め、法の支配が「法律家の支配」になっている。法律が生活のあらゆる分野に介入し、規制は複雑になり、訴訟コストは大きくなっている。法の支配が、法の重みで自壊し始めているのだ。
おもしろいのは、西洋諸国の中でイギリスが覇権を握った原因を国債に求めていることだ。国家が民間から金を借りることは昔からあり、フランスではブルボン家がジョン・ローのつくった中央銀行で巨額の詐欺を行ない、フランス革命の原因になった。
これに対してイギリスでは、国家が民間資金をだまし取ることを防ぐために議会が法によって監視し、「代表なきところに課税なし」という原則を樹立した。このような法の支配によってイギリス国王は巨額の資金を調達し、世界を制覇することができたわけだ。
したがって国債は近代国家の根幹であり、これを景気対策に使うのはバカげた話だ、とファーガソンは論じる。景気なんかほっとけば数年で回復するが、財政が破綻するとしばしば国家が転覆され、戦争が起こる。国債の担保は徴税能力であり、それを支えているのは国家への信頼である。国債の価値が安定しているのは20世紀後半以降の先進国だけで、歴史の中では例外的な時代なのだ。
法の支配は法治主義とは異なる。法治主義という言葉も人によって若干用法を異にしているが,基本的には,統治が議会の制定した法律によって行われなければならないとする原理であるといってよい。これに対して,法の支配は,統治される者だけでなく統治する者も〈法〉に従うべきであるということを意味する。法律によって国家を統治するという意味の法治主義は韓非子の時代からあるが、非人格的な〈法〉が統治者を拘束するという思想は、英米法に固有のものである。これは中世に王と貴族の紛争の中でできた概念で、この場合の〈法〉は自然法である。
本書の元になったのは、BBCラジオの「法の支配とその敵」というシリーズである。これは明らかにポパーの『開かれた社会とその敵』を意識したものだが、ファーガソンはポパーをきびしく批判している。
ポパーの本は1945年に出版され、共産主義やファシズムを西洋哲学の歴史の中で批判するものだが、西洋の社会を「開かれた社会」として理想化し、プラトン以来の全体主義、特にヘーゲルやマルクスの「歴史主義」をその敵として指弾する見当違いな話である。ポパーはヘーゲルもマルクスも理解していない。
ファーガソンが英米圏のコアにある価値観として擁護するのは、ポパー的な合理主義ではなく、法の支配である。それが西洋文明を生み、資本主義を生んだのであって、その逆ではない。
なぜ西洋で共和制が成立したのか
世界史の教科書では「市民革命」によって国家の主導権を市民階級が握り、彼らが資本主義社会を統治するルールとして民主制をつくったと書かれているが、この順序は逆である。近代社会の源泉は、マキャベリ以来の共和制、すなわち法の支配の徹底にあったのだ、というのがファーガソンに代表される最近の歴史学の考え方である。資本主義の誕生は「市民階級」によるものではなく、国家によるグローバルな掠奪だった。アリギも指摘するように、市場経済のスミス的発展は中国のほうがはるかに進んでおり、十分豊かだった。それが18世紀から爆発的に西洋の所得が伸びて中国を抜いたのはなぜなのか――これはいまだに続いている歴史学でも最大の論争である。
まだ答が出たわけではないが、最近の歴史学者が指摘するのは、ウェーバーからポパーに至る「合理主義」にこの原因を求める伝統的な歴史観は成り立たないという事実である。スミス的な市場は等価交換が原則なので、超過利潤は一時的なものだ。200年以上にわたって指数関数的な成長を続けるには、もっと巨大で持続的な利潤の源泉があったはずである。
それが植民地支配であり、奴隷貿易だった。その主役は国家であり、市民はむしろ兵士として世界を征服する役割を果たしたのだ。この意味で西洋の社会は、最初から搾取によって成長してきた(アリギのいう)マルクス的発展によって中国の覇権を奪ったのであり、その鍵になったのは市場経済ではなく軍事力だった。
自壊する法の支配
しかし軍事力をコントロールすることは、市場をコントロールするよりはるかにむずかしく危険である。平和を維持するだけなら、中国のような専制君主が効率的だが、これはスミスのいう「定常的社会」になって停滞してしまう。これに対して西洋では日常的に戦争が続いていたので、平和を維持する技術が発達した。ここで重要なのは内乱を防ぐことで、そのためには一定の合意が必要だ。これは一般大衆が参加するという意味で民主的である必要はなく、武装したエリートの中だけで合意できればよい。それが共和制である。
アメリカの場合は司法の役割が大きすぎるため、弁護士が上下両院議員の37%を占め、法の支配が「法律家の支配」になっている。法律が生活のあらゆる分野に介入し、規制は複雑になり、訴訟コストは大きくなっている。法の支配が、法の重みで自壊し始めているのだ。
おもしろいのは、西洋諸国の中でイギリスが覇権を握った原因を国債に求めていることだ。国家が民間から金を借りることは昔からあり、フランスではブルボン家がジョン・ローのつくった中央銀行で巨額の詐欺を行ない、フランス革命の原因になった。
これに対してイギリスでは、国家が民間資金をだまし取ることを防ぐために議会が法によって監視し、「代表なきところに課税なし」という原則を樹立した。このような法の支配によってイギリス国王は巨額の資金を調達し、世界を制覇することができたわけだ。
したがって国債は近代国家の根幹であり、これを景気対策に使うのはバカげた話だ、とファーガソンは論じる。景気なんかほっとけば数年で回復するが、財政が破綻するとしばしば国家が転覆され、戦争が起こる。国債の担保は徴税能力であり、それを支えているのは国家への信頼である。国債の価値が安定しているのは20世紀後半以降の先進国だけで、歴史の中では例外的な時代なのだ。