今月からアゴラ研究所とレアリゼの共催するASBSが始まった。私の講義のテーマの一つは「日本の失われた30年」。1990年代は「失われた10年」といわれ、その後も「失われた20年」などといわれたが、最近は失われた状態が当たり前になった。

しかし80年代まで驚異的な成長を遂げた日本経済が、なぜ90年代に急に下方屈折したのか、という問題は自明ではない。世間では「バブル崩壊」というが、これは結果である。本質的な問題は、この時期に起こった世界経済の構造変化に、日本の企業が対応できなかったことだ。

本質的な変化はグローバルな水平分業である。冷戦の終了と中国の改革開放で、世界市場に安い労働力が大量に供給された。これを利用して、工場をアジアに移転して本社は設計に専念する水平分業が広がったが、日本はこの流れに乗り遅れた。半導体からPCまで国内で生産するフルセット型の産業構造を脱却できず、中途半端な規模で競争に敗れた。

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しかし1990年代後半から日本企業はこれに気づき、2000年代には生産拠点をアジアに移転するグローバル化が進んだ。その結果、図のように経常収支の黒字が貿易収支から所得収支(海外法人の利益)に変化した。つまり国内の工場で生産して輸出する産業構造から、海外で生産してその利益を株主に配当する構造に変わったのだ。この製造業の空洞化が、長期停滞の最大の原因である。

デフレの正体は製造業の空洞化だった

空洞化は2009年からの円高で加速したが、これをマクロ経済的な「デフレ」と考えた政治家が、財政支出や金融緩和で投資を拡大しようとした。その最大の失敗がアベノミクスだが、実は日銀の黒田総裁には隠れたねらいがあったと思われる。それは円安誘導で景気を刺激することだ。

経常収支が黒字だと円が上がって黒字が減ると思いがちだが、経常収支がゼロになる必要はない。1950年代にフリードマンが変動相場制を提案したころは、輸出入の決済だけを考えたので、輸出の多い国の通貨は需要が増えて強くなったが、今の外為市場の99%は投機資金なので、輸出入には連動しない。Yを所得(GNP)、Cを消費、Sを貯蓄、Iを投資、Gを財政赤字、Xを海外投資(経常黒字)とすると、

 需要:Y=C+I+G+X
 供給:Y=C+S

だから需給ギャップは

 S-I=G+X

つまり投資不足を財政赤字と経常黒字で埋めているので、ISバランスがゼロ(インフレにもデフレにもならない)の状態に対応する経常収支Xは、ゼロとは限らないのだ。政府が大幅な財政支出をして右辺をGで埋めると、Xが大きく減る。日本でも数十兆円のコロナ対策費が支出された2020年度の第1四半期は、経常黒字がほぼゼロになった。

逆に円安で経常黒字Xが増えると、Gを増やさなくても需給ギャップが埋まる。この効果は確かにあり、2014年に円は1ドル=80円台から100円台へ大幅に下がり、経常収支の黒字が増えた。製造業が国内に回帰する兆しもあるが、これ以上円安誘導することは政治的に困難だ。

日本経済はGNPベースでは悪くないが、雇用はGDPで決まる。グローバル企業にとっては連結ベースで利益が上がればいいが、国内の雇用は付加価値の小さい対人サービス業(小売り・外食・宿泊)ばかりになり、賃金は下がり続けるだろう。

空洞化を避ける上で大事なのは、法人税や雇用規制やエネルギー価格などのコストを下げることだ。これから「脱炭素化」でエネルギー価格を上げるのは、交易条件を悪化させて空洞化を促進する自殺行為である。