家族システムの起源(上) 〔I ユーラシア〕〔2分冊〕
イエ社会はトッドの「直系家族」に似ているというコメントをもらった。トッドの分類によると、世界の家族類型はイギリスやフランスなどの核家族(子供は結婚すると実家を出て行く)、日本やドイツなどの直系家族(親子3代が同居して長男が土地をすべて相続する)、中国やロシアなどの共同体家族(多くの家族が大きな親族集団に統合される)に分類できる。

これが国民の行動様式に影響を与えている、というのがトッドの家族人類学である。核家族の多かったヨーロッパは昔から個人主義だが、直系家族のドイツは集団主義で日本と似ている。中国とロシアは家族の規模が最大化され、専制主義や共産主義に適している。家族類型は、次の図のように世界に分布している。

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この分布は一見ランダムにみえ、かつてはトッドも「偶然だ」と言っていたが、本書ではこれを言語学の周縁地域保守性で説明している。これは最古の類型が周縁に残り、中心ではその発展した形態になるという説で、言語学ではよく知られている。

たとえば「アホ」という言葉は近畿地方にみられ、「バカ」は静岡から東にみられるが、広島より西にもみられる。「ホンデナシ」は青森と種子島にみられる。次の図のように方言が同心円状に分布しているのは、ホンデナシが最古で、そこからボケやバカになり、アホが最新の形であることを示している。

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同じ法則が家族類型にもみられるというのがトッドの理論である。それによると、ヨーロッパに残っている核家族が狩猟採集時代から続く最古の家族類型で、そこから農耕時代に直系家族に進化し、戦争の多かったユーラシア大陸の中心部で共同体家族に進化した。

家族の発展段階論

このような発展段階論はマルクス主義やヨーロッパ中心主義の遺物と考えられていたが、トッドの理論では核家族が最古の家族形態である。狩猟採集社会で年老いた父母を連れて移動することは困難だったので、子供は親を捨てて独立するのが普通だった。

それが農耕時代になると、直系家族で長男(あるいは長女)が土地をすべて相続し、3代で同居して耕作するようになった。ここで家族の中心となるのは土地であり、それを守ることが家族の生存の条件なので、次三男は排除されて都会に出るしかなかった。

中国やロシアでは遊牧民との戦争が多かったので、大規模な軍団を組織するために多くの家族を統合する共同体家族ができた。中国では家族が外婚制の父系親族集団(宗族)として組織され、それを統合する専制国家ができた。これをもう少しくわしく類型化すると、次の図のようになる。

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こうみると、ヨーロッパの個人主義と日本の集団主義と中国・ロシアの専制主義がうまく説明できる。梅棹忠夫の生態史観で同心円状に分布する社会構造も、日本やヨーロッパなどの周辺にある家族のほうが古いと考えると統一的に理解できる。

もちろん現代では家族は大きく変化しているので、こんな単純な類型では説明できないが、人々の潜在意識にこういう家族形態が影響を与えていると思われる。「家族」を強調する日本会議などの右翼には、それが受け継がれている。

本書は細かい実証データがたくさん出てきて読みにくいが、要点を知るには鹿島茂氏の解説書がわかりやすい。