きのうの電波シンポジウム第2回では、マスコミではタブーになっている電波の問題について夏野剛さんが大胆にコメントした。この問題にずっとかかわってきた中村伊知哉さんの話では、通信インフラの問題は基本的にかたづき、これから最大のテーマは放送業界の再編だという。

そのキーワードはマスメディア集中排除原則である。これは放送業界ローカルの話だが、今年の規制改革推進会議が地上波局127社に行ったアンケートでは「集中排除原則を緩和してほしい」という要望が多かった。

私が2018年5月に規制改革推進会議に集中排除原則についての意見書を出したときは、内閣府に「民放連がクレームをつけたので公表できない」といわれてお蔵入りになった。

それがまだ両論併記の形とはいえ、総務省のアジェンダになったのは大きな前進である。その内容は次のようなものだ。3年前の文書だが、今もほぼそのまま使えると思う。

集中排除原則とは

放送業界でながく懸案となっている問題に「マスメディア集中排除原則」がある。これは言論の多様性を守ることが目的だが、現実には地方民放は在京キー局に系列化され、空文化している。これが放送業界の競争を阻害し、産業合理化をさまたげ、ネット配信を阻害する原因である。

集中排除原則は従来、総務省令などで定められていたものだが、2011年の放送法改正で法定化された。その具体的な内容は、総務省令(基幹放送の業務に係る特定役員及び支配関係の定義並びに表現の自由共有基準の特例に関する省令)において規定されている。同様の「言論の多様性」を守る規制は他国にもあるが、日本の特殊性は県域免許とあいまって地方民放の自律的な経営が困難な状況を法的に強要していることにある。

これは具体的には、放送法第93条第1項第4号の規定で、基幹放送の業務の認定において、基幹放送の業務を行おうとする者が複数のメディアに対する「支配関係」をもってはならないと定めている。ここで支配関係とは議決権の保有を意味し、具体的には地上基幹放送事業者(地上波)において、特定の株主が次のような出資比率を超えないことを求めている。

 ア 放送対象地域が重複するもの………………………1/10
 イ 放送対象地域が重複しないもの……………………1/3

特に重要なのはイの規制で、在京キー局が地方民放の株式を1/3を超えて保有できない。このため県域を超えた放送ができず、ローカル広告しか収入のない地方民放は慢性的に赤字になり、その赤字をキー局が補填している。これは視聴者の数を増やして広告単価を上げる意味があったが、今では番組を制作しないで補助金をもらう地方民放のモラルハザードを招いている。集中排除原則の目的は、放送法によれば「放送をすることができる機会をできるだけ多くの者に対し確保する」ことだが、地方民放が独自に制作している番組は1割に満たず、なんら多様性に貢献していない。

なお新聞社による系列化(いわゆるクロスオーナーシップ)も集中排除原則の対象だが、新聞が衰退産業となった今は問題ではない。外資規制も、株式の持ち合いで鉄壁の参入障壁を築いている日本の企業が心配する問題ではない。むしろ新聞・放送ともに消滅する時代に備えて資本の再編が必要である。

メディア産業の再編・合理化が必要

キー局が地方民放に出す補助金は電波料(電波利用料とは無関係)と呼ばれ、世界にも類のない日本の民放独特のビジネスモデルである。地方民放の番組の9割以上はキー局の番組を垂れ流しているだけだが、キー局から商品を供給してもらって金までもらえるのだから、これほど楽な商売はない。このため地上波局は、戦後ずっと倒産も企業買収もなしで生き残ってきた。

電波料の実態は不明だが、2007年に関西テレビの「あるある大事典」の事件に関して番組単価を調査した報告書によれば、スポンサーの払う広告費のほぼ半分が電波料に取られている。これは厳密な算定基準があるわけではなく、経営の悪い民放には多くの電波料が出る。キー局にとっては、単なる中継局にすぎない地方民放の赤字を補填していることが経営の重荷になっている。

ところが日本民間放送連盟(民放連)のうち、在京キー局と東名阪の準キー局を合計しても20局程度で、民放連195社の中では少数派である。このため経営の独立性を守りたい地方民放が集中排除原則の緩和に反対し、かえって法律に昇格してしまった。「認定放送持株会社」で12社までグループ化することもできるが、集中排除原則がある限り、キー局は地方民放を連結子会社にできない。これが放送業界のゆがみの最大の原因である。県域免許を廃止することは政治的に不可能だが、キー局が系列局を買収して連結子会社にすれば同じ効果がある。

放送番組のネット配信を阻害しているのも集中排除原則である。キー局が全国にIP再送信をしようとしても、地方民放が県域ごとに著作権をもっているので、在京キー局は関東エリアにしか配信できない。ネット配信業者が放送をIP再送信する場合も、県域ごとに(ローカル広告だけ違う)別の番組を配信しなければならない。地上波民放は長期的には衰退産業であり、産業として再編する必要があるが、資本規制が改革を阻害している。通信産業や電機産業が放送に参入できない原因も、この集中排除原則である。

著作権法については複雑な問題があるが、ここでも民放が権利者として過剰規制を求めたことが「IP放送は放送ではない」という世界に類を見ない規制の原因になっている。キー局が地方民放を連結子会社にすれば著作権も一体化され、全国にネット配信できるようになる。

インターネット時代にメディアの多様性を実現するのは、資本規制ではなくネットの普及である。系列化された地方民放の独立性を名目的に守る集中排除原則は、古い産業構造を守っているだけである。世界的にみてもメディア産業はグローバルに資本集約化しており、日本の放送業界は資本規模が小さすぎる。メディア産業の再編・合理化のために、集中排除原則の撤廃が必要である。