新型コロナ 7つの謎 最新免疫学からわかった病原体の正体 (ブルーバックス)
新型コロナについての菅政権の方針が迷走している一つの原因は、有識者会議のメンバーの主流が疫学の専門家で占められていることだと思う。彼らは感染を防ぐことが専門なので、感染をゼロにしろと提言する。それは気象学者が気候変動のリスクをゼロにしろというのと同じだ。

その共通点は、複雑なマクロ的現象を単純なモデルで予測することだが、本書は免疫学というミクロの立場から、西浦モデルのような単純化は「大きな誤解」だと批判する。そのモデルが正しければ、感染が起こると指数関数的に拡大して、人口の6割ぐらい感染して集団免疫になるまで止まらないはずだ。

しかし日本ではたかだか2割ぐらいしか感染していないと推定される。感染が途中で収束するのは、人間の免疫機能に大きな個人差があるからだ。最初に感染する人の感受性(susceptibility)は高く、次第に低い人に感染する。人々は社会的距離をとるようになる。それは「再生産数」という定数ではなく、時間とともに変わる変数なのだ。

また感受性は、地域によっても大きく違う。日本ではコロナ死亡率がヨーロッパに比べて大幅に低いが、これは生活習慣などでは説明できない。このファクターXの正体は何かが本書の最大のテーマである。

集団免疫はできていない

日本ですでに集団免疫ができているという上久保靖彦氏などの説は成り立たない、と本書は批判する。日本の抗体陽性率は1%程度と低く、とても集団免疫が成立している状態とはいえないからだ。

上久保氏は「11月には日本人の100%が集団免疫をもつので、コロナ感染は終わる」と予言したが、これが外れたことは明らかだ。国民の6割が感染する集団免疫を当てにして感染を放置するアプローチは危険である。

ではその原因は何か。自然免疫の差に原因を求めるのは誤りだという。高橋泰氏はすでに日本人の3割がコロナに曝露したと推定しているが、横浜市の下水データでは、3月まで新型コロナウイルスは発見されなかったので、日本人が新型コロナウイルスにさらされていたとは考えられない。

高橋氏は日本人の98%が、自然免疫のおかげで無症状ですんでいるという。自然免疫は非特異的な免疫機能なので、日本人の免疫力がそれほど強いとすれば、すべての感染症にかかりにくいはずだが、そういうデータはない。ファクターXはコロナに特異的な現象なのだ。

BCG仮説は有力

では呼吸器系疾患について自然免疫の効果を高める訓練免疫はどうか。これについてはBCG仮説を取り上げ、疫学データでも臨床データでも有力なエビデンスがあると評価している。特にBCGが開発された初期にできた日本株の効果は、後期にできたデンマーク株に比べて高いという。

アジアで過去に流行したコロナ系ウイルスで日本人のT細胞が活性化されたという交差免疫はどうか。これについては半数以上の人がコロナの交差免疫をもっているというラホイヤ研究所の研究が有力だという。このような機能は狭い意味での獲得免疫とは違うが、日本人が強い免疫力をもっていることは間違いないだろう。

今もファクターXは大きな謎だが、そこには感染症の謎を解く鍵が潜んでいるかもしれない。