民主主義の非西洋起源について:「あいだ」の空間の民主主義
デヴィッド・グレーバーが急死した。まだ59歳の若さだった。日本ではあまり知られていないが、英米ではウォール街デモを指導した「アナーキズムの旗手」として有名だ。彼の『負債論』は、貨幣の本質は交換手段ではなく国家権力であることを実証して、この分野のランドマークとなった。

本書はそれと並行して書かれた彼の国家論だが、彼の一貫した思想は、民主的な国家は存在しないということだ。国家は原初的なコミュニティの戦争の中から生まれた暴力装置であり、人民が主体になるという意味の民主的な制度ではない。現代の普通選挙は、その語源以外に古代ギリシャのデモクラシーと共通点はない。

アリストテレスは、政治形態は軍の組織で決まると指摘している。騎兵隊が主力の場合は数少ない馬に乗れる騎兵が支配する貴族制が適しているが、武装した歩兵が主力になる場合には民主制が適している。デモクラシーは歩兵が自分の生死を決める制度であり、戦争に参加しない女性や奴隷とは無関係だった。

部族感情を超える国家

Democracyは、18世紀までは暴徒(mob)の同義語だった。合衆国憲法には「人民主権」という規定はなく、『フェデラリスト』の著者は、大衆が政治を直接支配しないように周到に憲法を設計した。デモクラシーは人民による暴力を抑止する人民の暴力装置という矛盾なのだ。

この矛盾を解決して「人民主権」を樹立したのが、ヒトラーとスターリンと毛沢東だった。20世紀の大虐殺の多くはこの矛盾の暴力的な解決だった、というグレーバーの指摘は正しいが、彼がそれに対置する「自律的コミュニティの自己組織化」の試みも、現実にはその理想とは反対の暴力支配になって自壊した。

たとえば2010年代に起こった「アラブの春」では独裁政権が倒れ、アフリカの部族が自立したが、結果的には激しい部族紛争が起こり、独裁政権より悪くなった。その原因は明らかである。国家が崩壊して、部族と部族の戦争を調停する機能がなくなったからだ。

人類の脳には(数百人の)部族レベルまでは人間関係を調整して平和を維持する部族感情が遺伝的にあると推定されているが、それ以上の広域で人々を統合する機能はない。これを統合するには、部族を超える国家権力が必要なのだ。

そのもっとも単純な形態が中国のような王制(独裁)である。これはもちろん民主的ではないが、おおむね安定した政治形態で、歴史上ほとんどの大国家は王制だった。日本も中国から王制を輸入したが、王権(天皇)の権力が弱く、部族の自律性が高かった。

こういう国は東欧にもあったが、戦争には弱かった。たとえばポーランドやリトアニアは貴族が王権より強い寡頭制だったが、貴族は軍備の負担をきらうので、軍事力で西欧に勝てなかった。日本の武士も寡頭制だが、全国を支配する王権はできなかった。

「日本的アナーキー」は現代的

もし日本が中国と陸続きだったら朝鮮のように属国になり、最貧国になっていたかもしれないが、幸い日本は西欧に比べるとはるかに弱い「家」が分立する幕藩体制で平和を維持できた。日本人が「強いリーダー」をきらう習性は(大部分は遺伝的な)部族感情なのだ。

西欧の特殊性は、百年戦争の始まった1337年からほぼ同等の軍事力の国が断続的に戦争を続け、20世紀までその決着がつかなかったことだ。ここでは戦争に勝つことがすべてに優先されるので、財政=軍事国家が覇権を握り、全国民を戦争に動員したデモクラシーが勝ち残った。

この意味での「戦争機械」としてのデモクラシーは、歴史的な役割を終えた。現代において国家間の戦争の勝敗を決めるのは核兵器やミサイルであり、歩兵はほとんど無用になった。ゲリラ戦ではまだ歩兵の役割が大きいが、それによって国家の盛衰が左右されることはない。

そういう時代には、核戦力をアメリカに外注し、国内は「自律的コミュニティ」の妥協でやっていく日本的アナーキーは、意外に合理的なのかもしれない。今回のコロナのような危機管理では弱点が露呈するが、それは首相官邸ぐらいの「弱いリーダー」でも何とかなるだろう。