人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか (ブルーバックス)
2019年の地球の平均気温は、観測史上2番目だったという。この「観測史上」というのが曲者で、気温が観測され始めた1850年から現在までの170年は、46億年の地球の歴史の中では一瞬である。西暦1000年ごろは今よりも暖かく、グリーンランドはその名の通りグリーンだった。

ではそれより長い地質学的なスケールで見ると、現代はどう位置づけられるのだろうか。そういう研究が正確にできるようになったのは、最近のことである。地層に含まれる炭素の放射性同位元素の量を測定して、その年代の気候が正確に推定できるようになったのだ。

福井県にある水月湖には、そういう年縞と呼ばれる地層がきわめて安定して蓄積されており、過去15万年の気候を推定できる。これは世界的にも珍しいサンプルで、今ではこの分野の世界標準になっているという。次の図が、本書の156~7ページにある水月湖の気候の歴史である。

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この図でわかるのは、地球の気温は氷河期と温暖期を繰り返しているが、今は例外的に温暖な時代だということである。その原因は産業革命や人間活動ではない。温暖化は1万2000年前に氷期が終わったとき始まったからだ

気温の最大の周期は地球の公転軌道の変化で起こる。その軌道は徐々に楕円から円に近づき、地球は太陽から離れて寒冷化してきたが、1万2000年前からそのトレンドから飛び離れて温暖化した。文明は温暖化の結果であって原因ではないのだ。

農耕はなぜ始まったのか

この「新石器革命」は、今までは農耕によるものと考えられてきた。氷河期には育たなかった農作物が、暖かくなって育つようになって生産性が飛躍的に上がったというのだが、これは地質学的な証拠と合わない。

世界的に農耕が広まったのは、氷河期が終わった数千年後と考えられている。氷河期でも、熱帯は農業が可能だった。農業ができるようになってからも、人類の大部分は狩猟採集で暮らしていた。農耕が定住社会を生んだのではなく、定住革命によって農耕が始まったのだ。

われわれは農業の生産性が狩猟採集よりはるかに高いと思っているが、これは結果論である。氷河期の地球の人口密度は今よりはるかに低く、気候は不安定だった。こういう環境では、一つの場所に定住して同じ作物を多くの人が食べる農耕社会は、冷害で全滅してしまう。

それに対して移動して生活する狩猟採集民は、多様な動植物を食べて暮らしており、環境の変化に強い。気候が悪化したら、別の場所に移動すればよい。こういう環境では、狩猟採集の生産性のほうが、初期の農業より高かったと思われる。

ところが人類史上に例のない温暖化が1万年以上にわたって続いたため、多くの人が定住する農耕社会が生き残り、国家を形成して戦争で拡大した。中国では遊牧民が農耕民を支配することが多かったが、そういう歴史は抹消されてしまった。

だから今の地球温暖化が人類の活動によるものかどうかははっきりしないが、人類の農耕社会が温暖化によるものであることは間違いない。