文化がヒトを進化させた―人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉
「地球温暖化で人類が滅亡する」というのは錯覚である。人類は産業革命以降の200年で爆発的に増加し、地球の人口は今世紀中に100億人に達すると予想されている。人類以外の動物は大量絶滅の危機に瀕しているが、人類は繁殖しすぎて困るのだ(地球の気温はほとんど影響しない)。

このように短期間に人類が繁殖した原因は、遺伝子ではない。人類の遺伝形質は、ここ1万年ほとんど変わっていない。その最大の原因は文化だというのが、最近の人類学の通説になりつつある。

もちろん文化(獲得形質)が遺伝するわけではないが、言語習得能力は遺伝的にそなわっているので、文化は子供に伝えることができる。これは遺伝的な進化とはまったく違うメカニズムである。遺伝的な突然変異はランダムだから、環境が変化したとき、それに適応できない個体が淘汰されるという盲目的な形でしか進化は起こらない。

それに対してホモ・サピエンスは、生存に適した行動様式を親が子に教育し、習慣や道徳として継承した。文化的な進化は柔軟で変化の幅が広く、特定の目的にあう形質を選んで残すことができる。それを可能にしたのは脳の発達だが、このときもっとも重要な能力は理性ではなかった。

遺伝と文化の共進化

肉体的には貧弱で、生まれた子供が自力で生きていくことのできない人類は生存に不利であり、他の類人猿に比べても劣っていた。ホモ・サピエンス以外の人類が今日まったく生存していないのも、個体として生き残る能力が低かったためだろう。

そういう人類が唯一もっていた特徴が集団行動だった。類人猿には、人類のように集団で行動する種はほとんどない。人類は個体としての生存能力が低いために集団を形成する能力が発達し、それを実現するコミュニケーション能力が発達した。音声言語は進化のかなり最近の段階で発達したものだが、複雑なコミュニケーションを可能にした。

このように遺伝的な能力を技術として「外部化」することによって、人間の適応能力は向上した。たとえば人間の消化器は類人猿に比べると貧弱だが、これは肉を調理して柔らかくして食うことができるようになったため、消化器の弱い個体も生き延びることができたと考えられる。

同じように闘争機能を集団にゆだね、その規範を長期記憶に外部化して人間は生き延びた。襲撃してくる敵に対しては集団で戦い、逃げる獲物は集団で追いかけ、人間どうしの戦争では集団の結束を守る感情が重要な武器だった。

その信じる対象は文化圏によってさまざまだが、集団で行動するために他人を信じて従う心は、遺伝的なメカニズムだと思われる。それは類人猿にはなく、人間でも4歳児にならないとみられず、自閉症の患者には欠けているからだ。

このように他人との人間関係を調整することが、人間の脳のコア機能である。文化が遺伝形質を変えることはありえないが、貧弱な肉体でも脳が発達していれば生き残れるようになるので、遺伝と文化は共進化するのだ。これによって進化のスピードが上がり、その幅が広がったことが人類の繁殖した最大の原因である。