国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか (講談社+α新書)
労働人口が毎年1%減る日本でGDPを維持するには、労働生産性を高めるしかない。これは算術的に自明で、アトキンソンもかねて主張してきたことだが、どうやって生産性を高めるかは自明ではない。それについて本書は、中小企業を減らすという具体的な政策を提案している。

その理由は単純である。中小企業が多すぎるからだ。その原因を著者は「1964年問題」に求める。戦後日本の企業の平均従業員数は25人程度で推移してきたが、1964年から大きく減り始め、1986年には12.9人まで減った。この原因は明らかで、図のように労働人口の増加以上のペースで企業の数が増えたからだ。

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1964年に日本は OECD に加盟して資本の自由化を義務づけられ、100%外資企業が認められることになった。これに対して日本の企業は株式の持ち合いを進め、非上場の中小企業を増やした。1963年には中小企業基本法が制定され、中小企業には税の優遇策がとられた。法人税率は40%だったが、資本金1億円以下の中小企業の税率は28%だった。

このように税制で優遇され、補助金や規制で手厚い保護が行われたため、高度成長期に増えた労働人口の受け皿として中小企業が激増した。特に地方の小売業・サービス業の規模が拡大しないまま、大型店に反対して経営の効率化が立ち遅れた。サービス業では中小企業の労働生産性は大企業のほぼ半分で、賃金もそれに見合っている。それが日本のサービス業の生産性が低い原因だ。

これを打開するために著者が提案するのは、最低賃金の引き上げである。安倍政権も、最低賃金を全国一律1000円に引き上げることを検討している。これには地方の中小企業が強く反対しているが、それが著者のねらいである。最低賃金も払えない非効率な中小企業を退場させ、経営統合を進めるのだ。

人手不足ではなくミスマッチ

中小企業が「人手不足」で大変だというが、これは変な話である。普通の経済学で考えると、人手が足りない(労働供給が需要より少ない)のは賃金が安すぎるからで、賃金を上げれば解決するはずだ。それが何年も続くはずがない。

すべての企業で、同じように人手不足になっているわけではない。たとえば宿泊業界でも、ホテルは人手不足だが、旅館は人が余っている。 次の図のように旅館の施設数はホテルの4倍以上あるが、室数ではホテルのほうが多い。客室稼働率はシティホテルの80%に対して、旅館は38%である。問題は人手不足ではなく、ミスマッチなのだ。

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ホテルと旅館の施設数と室数(厚生労働省)

ホテルの79%は大企業(資本金5000万円以上)だが、旅館では大企業は13%しかない。一概にはいえないが、旅館を古い中小企業、ホテルを新しい大企業と考えると、業界の新陳代謝が遅れ、経営効率の悪い中小企業が残っているのだ。宿泊業界は賃金が低く、離職率が高いことでも知られている。

問題は経営統合をどうやって進めるかである。本来はホテルが旅館を買収して施設や従業員がホテルに移ればいいのだが、日本では企業買収のとき雇用保障を求めるので、買収が困難だ。参入規制も強いので、人手不足のホテルと稼働率の低い旅館が併存する。

経営統合を進める荒療治として、最低賃金の引き上げはありうる。韓国では2年で30%も最低賃金を上げたため、失業率が上がり、自営業の廃業が年間100万件を超えた。こんなに急速に最低賃金を上げるのは悪影響が大きいが、 日本でも沖縄の最低賃金790円を10年かけて1000円に上げる(27%増)ぐらいのことは考えられる。

これによって中小企業の統合が進むだろう。小売店がコンビニのフランチャイズになり、旅館がホテルチェーンに統合されれば、雇用のミスマッチも解消される。

長期的に考えると、労働人口の減る日本で賃金を上げることは避けられない。IT投資で労働生産性を上げるためにも、賃上げは必要だ。経産省は最低賃金を上げる原資に、余っている失業保険の5兆円を使うことを検討しているらしいが、それぐらいの激変緩和措置はやってもいい。