福島でトリチウムが騒がれているが、これは普通の水にも含まれている、ほぼ無害といってよい物質である。こういう物質がいったん有毒物質として騒がれると、それが科学的には無害とわかっても、莫大なコストをかけて処理しなければならない。

私が取材する側として経験したのが、PCB(ポリ塩化ビフェニール)である。これは1万4000人が食中毒になったカネミ油症事件の原因とされたが、瀬戸内海の魚からPCBが検出されたことをNHKがスクープし、全国で魚が売れなくなるパニックが発生した。PCBの製造・輸入は禁止され、それを使った製品はすべて廃棄され、いまだに最終処分できないまま大量に貯蔵されている。

しかしその後の調査で、食中毒の原因は熱媒体として使われていたPCBではなく、それが加熱されてできたダイオキシンであることがわかった。中西準子氏の研究でも、ライスオイル中毒の原因はPCBではなくダイオキシンだったと結論している。

これはNHKも早くから気づいていた。私がPCB問題を取材した1980年代から「原因はダイオキシンだ」という研究発表が出ていたが、NHKは無視した。それを認めると、大スクープが誤報ということになってしまうからだ。

PCB騒動からダイオキシン騒動へ

そして原因がダイオキシンだということがわかると、今度はダイオキシン騒動が起こった。ベトナム戦争の枯葉作戦で散布されたダイオキシンでシャム双生児が産まれたという(医学的根拠のない)説が流布され、全国でダイオキシンを駆逐する騒動が始まった。

ゴミ焼却炉にダイオキシンが残留しているという調査結果が出て、1兆円以上のコストをかけて全国の焼却炉が改築された。だがゴミ焼却炉から出るダイオキシンはほとんど無視できるレベルであり、今は環境中のダイオキシンによる健康リスクは平均余命1.3日。排出を規制する必要はない。

初期の公害問題では、有毒物質が致死量を大きく上回るケースもあった。水俣病の原因がまだ不明だった1959年にNHKの放送したドキュメンタリー「奇病のかげに」は、その奇病の原因が魚に含まれる有機水銀ではないかと指摘し、公害問題を行政が取り上げるきっかけになった。

民放は最初(スポンサーとの関係で)公害問題をまったく取り上げなかったので、NHKの果たした役割は大きいが、その過剰報道の弊害も大きい。福島の放射能も、何十兆円もかけて除去する価値はない。 そういう費用対効果を冷静に論じることも、NHKしかできないのではないか。