本書は「反緊縮」の元祖となったギリシャの元財務相が書いた、反緊縮の入門書である。その思想のコアは、資本主義の本質は借金であるということだ。資本主義が伝統的社会よりはるかに高い成長を実現したのは、資本家が大きなリスクを取って投資したからだ。それを可能にしたのは、事業に失敗したとき返せない借金を合法的に免除する有限責任のシステムだった。
銀行が企業に融資するとき、預金を集めて貸すわけではない。銀行員が企業の口座にキーボードで「100,000,000」とタイプした瞬間に1億円の貸し出しが行われ、借り入れはその企業の預金口座に振り込まれる。つまり銀行貸し出しが預金を生むのであって、その逆ではない。
だから日常的には、銀行はキーボードをたたいて無限に貸し出しできるようにみえる。銀行は預金のほとんどを企業に貸し出すことができ、それは他の銀行の預金になるので、社会全体では預金の何倍も信用創造ができる。銀行は短期で借りた預金の何倍も長期で貸し出す、危険なシステムなのだ。
しかし企業が借金を返せなくなると、破産処理で銀行が借金を免除する。このとき銀行は巨額の損失をこうむるので、多くの預金者が同時に取り付けに走ると、銀行が破産して信用収縮が起こる。それを防ぐために政府は銀行を救済するが、ギリシャのように政府が破産したら、その借金はどうするのか?
本書にはその中身は書いてないが、借金はすべて耳をそろえて返さなければならないという通念は間違っているという。市場経済は公的部門のおかげで回っているのだから、一定の政府債務は必要だ。それを無理やり削減したら、経済が崩壊してしまう。
こういう著者の主張は、2010年には世界の非難を浴びた。EUはギリシャに対する金融支援の条件として大幅な緊縮財政を求め、公務員が大量に解雇されて失業率は20%に達し、国債の金利は36%になった。
ギリシャ政府とEUの関係は金融危機のときの銀行と政府の関係に似ている。「公務員が労働者の30%を超え、年金給付額が現役のときと同じなどの放漫財政を是正しない限り救済するな」というのがEUの世論だった。これは金融危機のとき銀行の「モラルハザード」が糾弾されるのと同じだ。
しかしギリシャの経済は、今なお回復しない。財政規律を取り戻しても経済は元の水準に戻らず、EU全体が長期停滞に入ってしまった。かつてのギリシャのような過剰債務はよくないが、今のように過少債務に陥ってしまうと、経済が立ち直れない。
このようなリスクの非対称性は、企業にも銀行にも政府にもある。資本主義は未知の将来についてリスクを取るシステムだから、すべての約束を守ることはできない。そのとき競争の敗者が約束を破るメカニズムが株式会社や破産法である。ギリシャのように安易に約束を破るのはよくないが、日本は約束を守りすぎて行き詰まっている。
本書は資本主義についての洞察としてはおもしろいが、「すべてを商品化する経済」の代わりに「すべてを民主化する経済」(つまり社会主義)を提案する後半はあやしい。ただ世界で流行する反緊縮のコンセプトを2時間で知るには便利である。
銀行が企業に融資するとき、預金を集めて貸すわけではない。銀行員が企業の口座にキーボードで「100,000,000」とタイプした瞬間に1億円の貸し出しが行われ、借り入れはその企業の預金口座に振り込まれる。つまり銀行貸し出しが預金を生むのであって、その逆ではない。
だから日常的には、銀行はキーボードをたたいて無限に貸し出しできるようにみえる。銀行は預金のほとんどを企業に貸し出すことができ、それは他の銀行の預金になるので、社会全体では預金の何倍も信用創造ができる。銀行は短期で借りた預金の何倍も長期で貸し出す、危険なシステムなのだ。
しかし企業が借金を返せなくなると、破産処理で銀行が借金を免除する。このとき銀行は巨額の損失をこうむるので、多くの預金者が同時に取り付けに走ると、銀行が破産して信用収縮が起こる。それを防ぐために政府は銀行を救済するが、ギリシャのように政府が破産したら、その借金はどうするのか?
約束を破るメカニズム
もちろん救済するのだが、その資金はどうするのだろうか。主権国家なら中央銀行が通貨を印刷すればいいが、EUでは各国に通貨発行権がない。このためギリシャ政府はEUや銀行と交渉して、債務免除してもらう必要があった。その交渉をしたのが著者である。本書にはその中身は書いてないが、借金はすべて耳をそろえて返さなければならないという通念は間違っているという。市場経済は公的部門のおかげで回っているのだから、一定の政府債務は必要だ。それを無理やり削減したら、経済が崩壊してしまう。
こういう著者の主張は、2010年には世界の非難を浴びた。EUはギリシャに対する金融支援の条件として大幅な緊縮財政を求め、公務員が大量に解雇されて失業率は20%に達し、国債の金利は36%になった。
ギリシャ政府とEUの関係は金融危機のときの銀行と政府の関係に似ている。「公務員が労働者の30%を超え、年金給付額が現役のときと同じなどの放漫財政を是正しない限り救済するな」というのがEUの世論だった。これは金融危機のとき銀行の「モラルハザード」が糾弾されるのと同じだ。
しかしギリシャの経済は、今なお回復しない。財政規律を取り戻しても経済は元の水準に戻らず、EU全体が長期停滞に入ってしまった。かつてのギリシャのような過剰債務はよくないが、今のように過少債務に陥ってしまうと、経済が立ち直れない。
このようなリスクの非対称性は、企業にも銀行にも政府にもある。資本主義は未知の将来についてリスクを取るシステムだから、すべての約束を守ることはできない。そのとき競争の敗者が約束を破るメカニズムが株式会社や破産法である。ギリシャのように安易に約束を破るのはよくないが、日本は約束を守りすぎて行き詰まっている。
本書は資本主義についての洞察としてはおもしろいが、「すべてを商品化する経済」の代わりに「すべてを民主化する経済」(つまり社会主義)を提案する後半はあやしい。ただ世界で流行する反緊縮のコンセプトを2時間で知るには便利である。