景気があやしくなって、また増税延期論が盛り上がってきた。「赤字財政を許すとバラマキ財政の歯止めがなくなる」という批判に対して「議会制民主主義では、主権者たる国民の選んだ議会が財政赤字を決めればいい」という人がいるが、これは間違いである。政治家の目的は正しい経済政策ではないからだ。
政治家の目的は次の選挙で再選されることなので、自分の任期中に財政支出を増やして負担は先送りする短期バイアスがある。このため財政政策は時間非整合的になるので、ケインズ政策をやめて中央銀行が金融政策で調整しようというのが、1980年代以降のマクロ経済政策である。ここでは中央銀行の独立性が時間整合性の担保だった。
しかしゼロ金利で金融政策がきかなくなると、独立性にも意味がなくなる。そこで最近はまた財政政策が注目されているが、ここにも問題がある。現実の財政実務は財務省に委任されているが、彼らには過剰な時間整合性を求める硬直バイアスがあるのだ。最近ではEU(特にドイツ)の緊縮財政が南欧諸国の財政危機を深刻化させ、域内各国の「反緊縮」運動や右翼政党の台頭をまねいた。
財政政策をコントロールするには、議会から独立して強い権限をもつ「独立財政委員会」が必要だ、とロゴフは論じているが、これは政治的には困難だ。予算編成権は財務省の権力の源泉だから、それを渡すはずがない。
それを小泉内閣が活用して、概算要求の前に「骨太の方針」を策定するしくみができたが、これもそのうち骨抜きになった。民主党政権では、内閣が予算編成権を握る「国家戦略局」という構想があったが、法案が何度も流れたあげく「国家戦略室」という中途半端なものになり、機能しなかった。
ターナーの提案したヘリコプターマネーについても「いったんヘリマネをやったら政治家が際限なく打ち出の小槌を振るようになる」という批判に対して、彼は「日銀政策委員会にそういう機能をもたせればいい」という。
しかしロゴフは「財政のコントロールは、中央銀行の実務よりはるかに大きな仕事だ」と否定する。金融政策は経済指標などで理論的に決めることができるが、財政は政治そのものだ。それをコントロールすることは政治家を動かすことであり、白川総裁のような学者肌の人にはできない。
当時の自民党では、党税調を中心として財務省の路線に賛同する議員が多く、増税延期は少数派だった。安倍首相が延期しようとしたことに対して、当時の香川俊介事務次官が自民党内に根回したのに対抗して、安倍首相は解散で主導権を奪回した。小泉首相が党内の政局を「郵政解散」でつぶしたのと同じだ。
いま思えば、このときが安倍首相と財務省の戦いの分岐点だった。大蔵省の宿願だった「消費税10%」は、小沢一郎氏が1993年に出した『日本列島改造論』にも明記されているが、それから25年たっても実現していない。
結果論でいうと、大蔵省が小沢氏と組んだことが間違いのもとだった。斉藤次郎事務次官が小沢氏と組んで実現しようとした7%の「国民福祉税」は一夜で潰え、細川政権が倒れたあとは自民党の報復で、大蔵省は分割された。
今後も日本の財政をコントロールするのは財務省だが、彼らは自民党を信用していないので、その硬直バイアスは強い。それに対する国民の過剰な信頼が政府債務が積み上がっても金利が上がらない原因だが、長期停滞の原因にもなっている。短期バイアスの強い安倍政権との闘いは、まだ続きそうだ。
政治家の目的は次の選挙で再選されることなので、自分の任期中に財政支出を増やして負担は先送りする短期バイアスがある。このため財政政策は時間非整合的になるので、ケインズ政策をやめて中央銀行が金融政策で調整しようというのが、1980年代以降のマクロ経済政策である。ここでは中央銀行の独立性が時間整合性の担保だった。
しかしゼロ金利で金融政策がきかなくなると、独立性にも意味がなくなる。そこで最近はまた財政政策が注目されているが、ここにも問題がある。現実の財政実務は財務省に委任されているが、彼らには過剰な時間整合性を求める硬直バイアスがあるのだ。最近ではEU(特にドイツ)の緊縮財政が南欧諸国の財政危機を深刻化させ、域内各国の「反緊縮」運動や右翼政党の台頭をまねいた。
財政政策をコントロールするには、議会から独立して強い権限をもつ「独立財政委員会」が必要だ、とロゴフは論じているが、これは政治的には困難だ。予算編成権は財務省の権力の源泉だから、それを渡すはずがない。
財政は権力
財政をコントロールするしくみとして考えられるのは、内閣に予算編成権をもたせることだ。これが議院内閣制としては自然だが、財務省は既得権を渡さない。橋本内閣のとき、予算の企画機能をもたせる経済財政諮問会議ができたが、財務省が骨抜きにして機能しなかった。それを小泉内閣が活用して、概算要求の前に「骨太の方針」を策定するしくみができたが、これもそのうち骨抜きになった。民主党政権では、内閣が予算編成権を握る「国家戦略局」という構想があったが、法案が何度も流れたあげく「国家戦略室」という中途半端なものになり、機能しなかった。
ターナーの提案したヘリコプターマネーについても「いったんヘリマネをやったら政治家が際限なく打ち出の小槌を振るようになる」という批判に対して、彼は「日銀政策委員会にそういう機能をもたせればいい」という。
しかしロゴフは「財政のコントロールは、中央銀行の実務よりはるかに大きな仕事だ」と否定する。金融政策は経済指標などで理論的に決めることができるが、財政は政治そのものだ。それをコントロールすることは政治家を動かすことであり、白川総裁のような学者肌の人にはできない。
安倍首相と財務省の闘い
この点で印象的だったのは、2014年12月に安倍首相が消費税の増税を延期したとき、財務省がそれを阻止しようとしたことだ。このとき首相が衆議院を解散したのは「財務省の仕掛けた政局を封じるためだった」という話は、常識的には信じられないが、のちに菅官房長官が認めた。財務省の権限はそれほど大きいのだ。当時の自民党では、党税調を中心として財務省の路線に賛同する議員が多く、増税延期は少数派だった。安倍首相が延期しようとしたことに対して、当時の香川俊介事務次官が自民党内に根回したのに対抗して、安倍首相は解散で主導権を奪回した。小泉首相が党内の政局を「郵政解散」でつぶしたのと同じだ。
いま思えば、このときが安倍首相と財務省の戦いの分岐点だった。大蔵省の宿願だった「消費税10%」は、小沢一郎氏が1993年に出した『日本列島改造論』にも明記されているが、それから25年たっても実現していない。
結果論でいうと、大蔵省が小沢氏と組んだことが間違いのもとだった。斉藤次郎事務次官が小沢氏と組んで実現しようとした7%の「国民福祉税」は一夜で潰え、細川政権が倒れたあとは自民党の報復で、大蔵省は分割された。
今後も日本の財政をコントロールするのは財務省だが、彼らは自民党を信用していないので、その硬直バイアスは強い。それに対する国民の過剰な信頼が政府債務が積み上がっても金利が上がらない原因だが、長期停滞の原因にもなっている。短期バイアスの強い安倍政権との闘いは、まだ続きそうだ。