MMT現代貨幣理論入門
訳本が出たので原著の解説を再掲するが、結論からいうと読む価値はない(Kindleのサンプルで眺めるぐらいで十分)。経済学者のアンケートでも賛成する人は1人もいない。もうMMTは忘れていいと思う。

本書はMMTのほぼ唯一の入門書だが、これは金融理論というより素朴な財政哲学で、数式も統計データも出てこない。その考え方は通貨は税であるというものだ。管理通貨制度では法定通貨(不換紙幣)は商品とリンクされておらず、政府と中央銀行は一体なので、自国通貨はいくらでも発行できる。

政府に徴税能力がある限り国債は通貨でファイナンスできるので、政権が崩壊しない限り政府がデフォルトすることはありえない。自国通貨は税と同じなので、中央銀行は政府と同じだ。統合政府で考えると国債は通貨と同じなので、中央銀行が国債を買い取れば政府債務は相殺できる。

銀行が企業に貸し出すとき、預金を集めて貸し出すわけではなく、貸し出しによって企業の預金が発生し、信用創造が行われる。この内生的貨幣供給説と呼ばれる理論が、本書の唯一の意味のある部分だが、これは新しい話ではなく、資金需給を需要の側からみているだけだ。

MMTの想定している不完全雇用(資金余剰)の状態では、失業がある限り中央銀行が需要を創出できるが、完全雇用になると資金が不足し、金利が上がる。金融危機で取り付けが起こると、銀行は預金を返すために貸出先から資金を回収するので、預金の制約がきくのだ。

完全雇用を求めてインフレを容認する

MMTのもう一つの側面は、経済政策の目的は失業をなくして物価を安定させることであり、財政はその手段なので「財政健全化」を自己目的化してはいけないというラーナーの機能的財政論である。不完全雇用のときは財政赤字を拡大して需要を増やし、失業を減らすべきだ。これはケインズが1930年代に失業対策として提案したことだ。

ところがMMTはそれを雇用保障として制度化すべきだと主張する。これは政府が失業者を(公務員として)雇用して最低賃金を保障するものだ。これには巨額の財源が必要だが、増税はしなくてもいい。中央銀行が通貨を増発すれば、需要が拡大して失業が減るという。

そんなことをしたらハイパーインフレになる、という批判に対して雇用保障は「完全雇用を超えてインフレになると財政出動をやめる自動安定感装置だ」という。

これだと不完全雇用の経済ではインフレが起こらないはずだが、これは事実に反する。完全雇用になる所得と物価上昇率がゼロになる所得は一致しないので、政府が完全雇用を追求して財政出動するとインフレ・スパイラルになる。

だからインフレを加速しない所得に対応して自然失業率(NAIRU)が決まるのだが、本書ではこういう標準的なマクロ経済理論を無視して、失業率とインフレに単純なトレードオフがあると想定し、雇用保障(JGP)で失業がゼロになるまで財政を拡大すべきだという。そのとき物価がどうなるかはわからない。

著者もインフレのリスクは認めるが、「インフレのリスクは過大評価されている」という。標準的な理論はインフレを防ぐために一定の(摩擦的な)失業を認めるが、MMTは失業ゼロを求めてインフレを容認するのだ。雇用保障の対象になるのは、格差拡大で困窮する最底辺の労働者だから、これがアメリカで人気の出ている理由だろう。

金利なき金融理論

奇妙なのは、MMTでは金利が決まらないことだ。MMTはケインズ的な不完全雇用を想定しているので、物価が動かないで雇用(産出量)だけが動く。金利は中央銀行が任意に設定できるが、最適な金利はゼロである。

それが低すぎるとインフレが起こるが、MMTでは金利がどうなるかわからない。主流派の経済学では中央銀行が金利を上げてインフレを止めるが、MMTで起こる財政インフレは、政府支出が過剰になって総需要が完全雇用水準を超える実体経済の現象なので、金利で調節できない。増税か歳出削減しかない。

だからインフレを止めるには財政赤字の拡大を止める歯止めが必要だ。それを調整するのが雇用保障だということになっているが、これは金融理論ではなく雇用政策である。こういう異質な政策論を組み合わせないと成り立たないのは、経済理論として欠陥がある。著者は「MMTは雇用保障と切り離せる」というが、そうすると「自動安定化装置」もなくなる。

このようにMMTは、法定通貨についての形而上学的な議論を除くと、素朴ケインズ理論とほぼ同じ固定価格経済の理論で、現代的でもなく金融理論でもない。だがゼロ金利の時代には「金融政策はきかないが財政政策はきく」という結論は、一定のリアリティをもつ。金利も物価も説明できない穴だらけの理論だが、主流派が固定観念を捨てて長期停滞を考え直す手がかりにはなるかもしれない。