
・言葉を使う
・道具を使う
・集団で狩猟をする
・友達をつくる
・他の個体を助ける
もちろん人間と同じではない。チンパンジーに言葉を教えても使えるのは単語だけで、複雑な文はつくれない。石などの道具を使うことはできるが、石器をつくることはできない。友達の範囲は、毛づくろいできる程度に限られている。しかし人類だけができて、大型類人猿にまったくできない能力はほとんどない。
では人類がここまで繁栄した原因は何だったのか。本書はその秘密は個体発生にあるという。多くの動物の能力は肉体的なハードウェアで決まるが、人間は「半製品」で生まれ、知能の大部分は子供が育つ段階で、環境との相互作用で形成される。その成果は文化として次の世代に継承され、社会に蓄積される。これが人類の驚異的な進歩の原因だという。
人間の本質は「社会の内面化」にある
これは自然淘汰による進化とは別のメカニズムである。ホモ・サピエンスは類人猿のような動物から進化してきたが、自然淘汰は環境に適応した個体だけを残すネガティブなしくみなので、過去になかった文化を創造することはできない。類人猿には、宗教も芸術もみられない。言葉を教えると使えるが、自発的に話すことはない。人間の脳の性能は驚異的だが、そのハードウェアは貧弱だ。処理速度はコンピュータの数億分の一で、信頼性も低い。それに対して生存のためにやるべき仕事は圧倒的に多いので、遺伝では対応できない。このため人間の子供が産まれたときは、自力で生きることができない(類人猿は生後すぐ母親の食べ残しを食べて生きることができる)。
これは生存競争で有利な特徴とはいえない。危険が迫ったとき、親だけが逃げたら子供は助からない。その代わり脳に「余白」が多いので、新しい環境に適応する学習能力を身につけることができる。環境変化のリスクが大きいほど神経が発達し、脳は大きくなる。生物は環境とともに進化するのだ。
類人猿も学習はできるが、これは人類で飛躍的に発達した機能だ。1000億近いニューロン(コンピュータでいうとプロセッサー)を「超並列処理」するだけでなく、環境変化に対応して回路を自分で再結合するのは、最新鋭のスーパーコンピュータでも不可能なテクノロジーである。
この学習能力のおかげで人類は、自然淘汰によって何万年もかけて行われる進化を数百年で達成した。その成果は集団の中で文化として継承され、蓄積される。人類の最大の特徴は、このような利他的社会性(prosociality)にある。知能のコアにあるのは、社会的関係を「内面化」する感情なのだ。
こういう思想の源泉を、著者はロシア革命期の心理学者ヴィゴツキーに求める。彼はマルクスの「人間は社会的存在である」という思想にもとづいて、子供の発達を社会の内面化だと考えた。これはメルロ=ポンティなどにも評価されたが、21世紀にもマルクスの思想は生きているのかもしれない。